日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[E] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS10] Natural hazards impacts on human society, economics and technological systems

2019年5月29日(水) 13:45 〜 15:15 301B (3F)

コンビーナ:PETROVA ELENA(Lomonosov Moscow State University, Faculty of Geography)、松島 肇(北海道大学大学院農学研究院)、座長:Hajime MatsushimaElena Petrova

14:00 〜 14:15

[HDS10-08] 大地震によって引き起こされる化学物質流出事故後の浄水場機能に対する影響と対策オプション評価

*伊藤 理彩1中久保 豊彦2小島 直也1東海 明宏1 (1.大阪大学 大学院工学研究科、2.お茶の水女子大学 基幹研究院)

キーワード:化学事故、浄水場機能、大地震、モデリング、Natech

近年、ヨーロッパを中心にNatech(Natural hazard triggered technological accident)と呼ばれる自然災害によるリスクが危惧されているが、日本でも阪神淡路大震災、東日本大震災では高濃度のフッ化水素酸や六価クロム等の有害な化学物質の流出および津波・火災による拡散が認められ、社会問題となっている。このように化学物質が流出した場合、大気・水圏への甚大な環境汚染リスクが懸念されるが、非定常状況下で化学物質が流出した後の環境中での挙動や、浄水施設といった産業基盤に与える影響については不明な点が多い。そこで本研究では、化学物質の水圏流出事故に着目し、大地震の揺れや液状化の影響によって有害化学物質が環境中へ流出した場合の影響を浄水場の給水機能停止をエンドポイントとして評価を行い、さらに対策オプションを導入によってみられる効果を明らかにすることを目的とした。
 本研究の対象として、大阪府淀川水系を選択した。淀川は、琵琶湖を水源としており、灌漑・舟運・飲料水に広く利用され、関西の水資源・産業基盤を支える重要な河川である。また周囲には、淀川へ注ぐ排水路をもつ化学物質取扱事業所も数多く立地しているため、大地震が起こった際には大きな被害が予想される。
 解析対象物質は、人の健康や生態系に悪影響を及ぼすおそれのある化学物質のうち、PRTR(Pollutant Release and Transfer Register)により排出実態が把握可能で、人に対する毒性値が特に高く(LD50 ≦300 mg/kg) (UN, 2015)、浄水施設でも除去が困難 (水溶解度≧10,000 mg/Lかつオクタノール/水分配係数(Log Kow)≦ 1.5) (伊藤ら, 2014)であるアクリロニトリルをはじめとする38物質に加え、使用量の多いトルエン、キシレンを評価対象とした。
 地震による化学物質の流出事故予測件数は、世界の地震による流出事故の統計結果 (Santella et al., 2011)をもとに、日本の震度5強~7に相当する地震動で大規模流出事故が起きる件数の期待値(Y)を算出した。その後、ポアソン分布計算により、実際に花折断層を由来とする直下型地震が発生した場合を想定して、淀川流域に立地する大阪府の事業所で流出事故が発生する確率(Pn)を期待値ごとに算出し、対象地点の選択を行った。次に化学物質流出後の河川水中の濃度推計を行うため、産総研-水系暴露解析モデル(AIST-SHANEL ver.3)を用い、事故後の取水点での化学物質の最大到達濃度を求めた。想定事故日は、年間を通して河川流量が比較的少ない冬期を対象とし、淀川流域で対象化学物質の保有量が最大の事業所から流出が起きた事象を想定した。また、事故への対策オプションとしては、緊急遮断弁を採用した。水道事業体による給水停止の判断基準となる水質管理濃度は、長期的に該当物質を摂取し続けた場合の慢性毒性値を指標としているが、本基準は事故時の条件とは必ずしも合致しない。そこで本研究では、短期的に基準値を上回った場合でも摂取制限を伴う給水を継続できる判定基準として導入が検討されている亜急性毒性(厚生省、2016)を判定基準(JCisubacute)として評価を行った。
 モデル計算の結果、アクリロニトリルの全流出が起こった場合の浄水濃度は最大2.19×10-1 mg/Lと算出された。この場合、ラットの中・長期毒性試験から得られた無毒性量(NOAEL)(環境省、2003)をもとに算出したJCisubacute(=6.25×10-2 mg/L)を超過するため、給水機能の停止が予測される。さらに取水点において、水生生物の急性毒性値による予測無影響濃度(PNEC) である7.6×10-3 mg/L(環境省、2003)を超過しているため、取水停止となる可能性も高い。一方、緊急遮断弁が正常に機能した場合、大阪府(2013)の報告書に記載された緊急遮断弁の外側の配管の長さと管径をもとに計算すると、流出はタンク全体の2%以下にとどまると見積もられた。流出量が2%以下に抑えられた場合は、河川水中濃度はJCisubacute・PNEC以下となり、給水・取水停止となる可能性が極めて低いことが分かった。これにより、緊急遮断弁という対策オプションは、地震などの災害時に非常に有効な手段であることが明らかとなった。また、アクリロニトリルのように毒性が高いにもかかわらず、水道水質基準値のない物質は、本研究の手法を適用し、亜急性毒性に基づく危機時管理を実施することで、迅速な対応が可能となることが見込まれる。本発表では、他の化学物質の事例についても議論する。