日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS14] 湿潤変動帯の地質災害とその前兆

2019年5月27日(月) 10:45 〜 12:15 106 (1F)

コンビーナ:千木良 雅弘(京都大学防災研究所)、八木 浩司(山形大学地域教育文化学部)、小嶋 智(岐阜大学工学部社会基盤工学科)、内田 太郎(国土技術政策総合研究所)、座長:石丸 聡

10:45 〜 11:00

[HDS14-01] 2018年北海道胆振東部地震における斜面崩壊の発生場

*石丸 聡1廣瀬 亘1川上 源太郎1高橋 良1加瀬 善洋1輿水 健一1小安 浩理1千木良 雅弘2田近 淳3 (1.北海道立総合研究機構 地質研究所、2.京都大学防災研究所、3.株式会社 ドーコン)

キーワード:2018年北海道胆振東部地震、テフラ層、谷頭斜面、下部谷壁斜面

2018年9月6日に,北海道胆振地方中東部の深さ37kmにおいてM6.7の胆振東部地震が発生した.この地震により震度7や6+を記録した厚真町やその周辺で斜面崩壊が多発し,多くの犠牲者を出した.斜面崩壊の数は約8000箇所にのぼるが,そのほとんどは震源北側の約20km×20kmの範囲に集中した.Varnesの分類に従えば,震源に比較的近い地域では,岩盤すべりや落石も見られるが,ほとんどは火山軽石・火山灰等の火山噴出物(以下,テフラと呼ぶ)による岩屑すべりであった.当地では複数のテフラ層やクロボク層が発達しており,地形発達史的観点から,この岩屑すべりを“土層すべり”と呼ぶ.
1 テフラ層の分布
斜面災害の多発地域には,層厚2m以上のテフラ・クロボク層が丘陵斜面や段丘崖上を厚く覆う.これらのテフラは,主に西方約50kmの支笏カルデラおよびその周辺の火山を起源とする.丘陵斜面上に見られる主なテフラ層は下位から支笏カルデラ起源のSpfa1 (48ka),カルデラの北に位置する恵庭岳起源のEn-a (20ka),南に位置する樽前山起源のTa-d (9ka),Ta-c (3ka),Ta-b (1667年),Ta-a (1739年)である.崩壊多発地域の北側にはEn-aが厚く(>1m)分布し,南側の地域にはTa-dが厚く(>1m)分布しており,胆振東部地震により,これらのテフラを主体とする土層すべりが多数発生した.
2 地形発達にともなう丘陵上のテフラ
周氷河環境にあった1万年以上前の最終氷期には,斜面表層付近の物質は凍結融解によるソリフラクション(土壌匍行)が活発であったため,地表を覆ったSpfa1やEn-a以前の古いテフラは斜面上に残りづらく,尾根沿い,あるいは斜面の堆積域にあたる谷頭斜面や一部の斜面脚部にのみ残存する.一方,斜面下部については,晩氷期から完新世にかけて,気候の温暖化・多雨化により河川の下刻や側刻に伴う斜面の開析が活発となったため地形が更新された.したがって,丘陵斜面下方にあたる下部谷壁斜面上においても,最終氷期に降下したSpfa1やEn-aは残存せず,風化岩盤上の薄い斜面堆積物をTa-dが覆う.
なお,谷頭斜面などEn-aの残る斜面では,その下位にSpfa1の二次堆積物が見られる.Spfa1混じりの火山灰土は水を含みやすく,かつ滑りやすい特徴を持つ.一方,下部谷壁斜面ではTa-d層下位の斜面堆積物にはしばしば,En-aの二次堆積物がみられる.これらの二次堆積物および後述するTa-d最下部の水を含みやすいユニットが,今回の地震による土層すべりの主なすべり層準になったと推定される.
3 斜面崩壊事例
Ta-dが厚く分布する南側地域と,En-aが厚く分布する北側地域の代表的な斜面崩壊の事例をそれぞれ紹介する.
3.1 Ta-dが厚く分布する南側地域
最も多くの犠牲者を出した吉野地区の西隣りに位置する朝日地区の崩壊は,古い段丘が丘陵化した斜面の下部谷壁斜面にあたる平滑斜面で発生した.崩壊範囲は下部谷壁斜面最上部の遷急線付近を頭部とする.高さ35m,幅35m,奥行き90mであり,左右両側部には垂直に近い厚さ約3mの土層が露出する.崩壊の底面には,風化岩盤上の薄い斜面堆積物の表面に,黄白色の軽石混じりの水分を多く含む火山灰が削痕を伴い付着していた.側壁の土層観察によれば,すべり面となったのはTa-d最下部の水分を多く含む細粒軽石層であった.厚さ約130cmのTa-d層は,上部は風化により赤褐色化し一部粘土を伴うが,下部は鈍い灰色の軽石層で細粒分は少なく透水性が良い.その上位に,Ta-c以上の細粒軽石層がクロボクを挟んでのる.崩壊土砂は斜面下にTa-d以上のテフラ・クロボク層の層序を概ね保ちながら流走・堆積した.
3.2 En-aが厚く分布する北側地域
安平川上流の右岸斜面では,高さ80m,幅45m,奥行きは230mの範囲が崩壊し,土砂が安平川を埋積した.崩壊斜面は遷急線を境に上部と下部に区分されるが,崩壊土砂は主として上部の谷頭部にあたる浅い平底の谷型地形を起源とするもので,En-a層を主体とする土層斜面が崩壊した.下部は崩壊以前からV字型の谷地形であり,崩壊移動体は下部斜面の高い位置を谷沿いに滑走し,土砂のほとんどが安平川の対岸に堆積した.
崩壊により露出した頭部側壁の土層観察によれば,層厚130cmのEn-aの上には薄いTa-d以上のテフラ層がのる.En-aは粒径1-2mmの輝石に富んだ軽石層で,その下位のガラス質のSpfa1混じり火山灰土がすべり面となっている.
4 南北両地域の崩壊地の形状
南側地域の斜面では,急傾斜地以外のほとんどがTa-dに厚く覆われる.今回の地震において,厚いTa-d層が崩壊の発生源となったことは上述の通りである.そのため,Ta-dが厚く堆積する斜面,特に比較的傾斜の急な下部谷壁斜面で崩壊が多発した.一方,北側地域では下部谷壁斜面を含め斜面上のTa-d層が薄いため,Ta-d層の崩壊は稀で,その下位のEn-aが厚く残存する谷頭斜面での崩壊が偏在する.
このように南北の地域で斜面崩壊の発生する地形的位置が異なるため,崩壊発生域の形状が異なる.その平面形状は,南側では斜面上部から下部まで全面的に崩壊するのに対し,北側では斜面上部は幅広でも下部で狭まる.