日本地球惑星科学連合2019年大会

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[J] Eveningポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GG 地理学

[H-GG02] 自然資源・環境の利用・変化・管理:社会科学と地球科学の接点

2019年5月26日(日) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 8ホール)

コンビーナ:大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、古市 剛久(北海道大学理学研究院)、佐々木 達(宮城教育大学)

[HGG02-P02] 昆虫食文化の社会的基盤とその変容ー長野県伊那市を事例にー

*小林 直樹1 (1.国立大学法人 金沢大学)

キーワード:昆虫食、食文化

昆虫は近年,その栄養価等から新たな食資源として世界的に注目されている.背景には世界的な人口増加に伴う食材要求の増加への対応や,家畜生産や過放牧による環境汚染や森林衰退等の課題解決が求められるといった食料安全保障の問題がある.食資源として昆虫が取り上げられる一方,日本ではかつては全国各地で昆虫を食べる文化がみられたが,現在は一部地域でのみ食文化として残っている.本稿では,現在も昆虫を食べる文化が残る地域として長野県伊那市を取り上げ,昆虫食文化を支えてきた地域の主体とその過去からの変容状況を調べることで,昆虫食の成立,継続する条件を考察した.その結果,以下のことが明らかとなった.
 調査対象地域の昆虫食の実態として,現在でも多くの住民が昆虫を食べる習慣を持っており,昆虫を地域の食材,食文化として認識していた.ただし,消費頻度や消費量は減少傾向にあり,若い世代ほど昆虫を食べる習慣がない者の割合が高いことも判明した.また,以前は住民自身が農地や山林,河川で昆虫を採取し家庭で調理,消費していたものが,現在では多くの住民が量販店等で調理済みの昆虫製品を購入するスタイルに変化していることも明らかとなった.そうした変化の背景として,就業形態の変化や高齢化,人口減少による農地の減少や環境変化による昆虫の個体数の減少等が主な原因となっていることが考えられる.なお,量販店等で扱われる昆虫製品の原料としての昆虫は長野県外や海外のものが多いこともわかった.
 さらに昆虫食文化を支えてきた地域の主体に注目すると,食用とされる昆虫の種類ごとに関わってきた主体は異なることが明らかとなった.入手が容易な昆虫は採取から消費までを家庭でおこなう住民が多い一方,入手に道具や技術が必要な昆虫については一部の住民が採取し,他の住民へのおすそわけや販売店に卸すことで供給する傾向がみられた.また原料供給地でみると,現在では多くの昆虫で先述したように原料を地域外に依存する傾向がみられるものの,以前と変わらず地域内の昆虫を原料として利用し続けているものも確認された.その他にも資源管理をおこなう団体の有無や特定の産業との関連が強い昆虫等,昆虫食に関わってきた地域の主体は多様であり,時代の変化に伴うその変化の結果もそれぞれ異なることがわかった.
 調査よりこの地域の昆虫食文化には〇地域外原料,製品の増加(原料調達面)〇製造販売店の役割増大(流通面)〇消費者,消費量の減少(消費面)という変化がみられることがわかった.また,こうした変化に伴い,昆虫の供給や資源管理に関わってきた主体も変化してきたことがわかった.昆虫食文化を支えてきた地域の主体の変化は,地域内の昆虫の減少や採取者の減少といった変化に対応しており,現在は地域内の昆虫食文化が継続されているといえる.しかし,今後もこの文化が継承されるには,需要の減少や地域外からの原料供給が不安定になるといったリスクも考え,対策等を考える必要があると考えられる.またその際,昆虫ごとにその食文化を支えてきた地域の主体や流通体系は異なることを考慮する必要がある.