日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS12] 津波堆積物

2019年5月30日(木) 09:00 〜 10:30 コンベンションホールB (2F)

コンビーナ:千葉 崇(秋田県立大学生物資源科学部)、篠崎 鉄哉(筑波大学アイソトープ環境動態研究センター)、石村 大輔(首都大学東京大学院都市環境科学研究科地理学教室)、座長:石村 大輔(首都大学東京大学院都市環境科学研究科)

09:00 〜 09:15

[MIS12-01] 北海道太平洋沿岸日高南部における海水準変動の影響を受けた津波・洪水履歴

*中西 諒1岡村 聡1,2嵯峨山 積3横山 祐典4宮入 陽介4 (1.北海道教育大学 札幌校、2.北海道土質試験協同組合、3.北海道総合地質学研究センター、4.東京大学)

キーワード:津波堆積物、ストーム堆積物、千島海溝地震、14C年代測定、古環境復元、海水準高頂期

北海道太平洋沿岸の日高海岸は,千島海溝を波源とする地震による津波被害を受けてきた地域である.2003年十勝沖地震による津波は襟裳岬を挟む東側の百人浜において標高4mの地点まで遡上痕跡を残した.震源から遠ざかる西側においても局所的に3m近い遡上高が確認されており,襟裳岬を回りこむエッジ波の影響によって特異の津波伝播を示したためと考えられている(Tanioka et al., 2004).一方,道東地域(十勝—釧路—根室地域)における津波堆積物研究から,千島周辺海溝型地震による津波の再来間隔は100-800年,平均して400年であることが報告されており(Sawai et al., 2009),これらの津波は襟裳岬の西側にもおよんだと想定される.しかし,襟裳岬以西の日高海岸では,17世紀頃の津波堆積物とみられる砂層が報告されているのみで,その波源については不明のままである.そこで本研究では襟裳岬の西側に位置する日高海岸南部の浦河町鵜苫において掘削調査を行い,津波の発生時期・再来間隔を明らかにし,襟裳岬を挟む東西地域の比較検討を試みるとともに,古環境との関連についても検討した.

 浜堤背後の泥炭湿地においてジオスライサーを用いて掘削調査を実施した結果,腐植層の間に3層の火山灰層と9層のイベント砂層を見出した.層序は上位から1663年有珠b火山灰層(Us-b),946年白頭山-苫小牧火山灰層(B-Tm),2層のイベント層(Us1層,U1層),2700-2500BP樽前山c2火山灰層(Ta-c2),7層のイベント層(U2~8層)からなる.腐植層は,U4層を境に下位は植物繊維の顕著な未分解な腐植層へと急変する.これらのイベント層は,内陸に向けて枚数が減少し,約500m地点(Ta-c2下限の標高3.4m)で全ての砂層が確認できなくなった.U1~8層は海浜砂に良く似た灰色の細粒-中粒砂であり淘汰が良い.砂層は逆級化から正級化を示し,下位の腐植層との境界は明瞭で,厚い層厚を示す砂層ではしばしば偽礫を含む.また,平均粒径と層厚は海岸からの距離・標高と逆相関を示し,河川からの距離とは相関が見られなかった.珪藻微化石分析の結果,腐植層はPinnularia属などの淡水生種が占めるのに対し,イベント砂層には海生種や汽水生種,陸生珪藻が含まれる傾向がある.したがってこれらの堆積物は,海域から運搬されたものであることがわかった.一方,B-Tmの下位にあたるUs1層は,堆積当時の浜堤と考えられる地点から内陸へ数十mの地点(標高2.6m)にのみ分布し,その層厚は20cmほどの厚さであったものが20m内陸ではわずかな薄層に急変する.構成粒子は細粒砂から極粗粒砂であり,直径1cmの扁平礫を含む.これらの特徴はストーム堆積物に類似しており,U1~8層とは区別される.

 イベント層の堆積年代を明らかにするために腐植層の14C年代測定を行った結果,最下位のU8層下位では約5500calBP,最上位のU1層は約2000calBPを示し,イベント再来間隔は50~550年とばらつきがあるが平均して400年と見積もられた.このことから本地域のイベント層は北海道東部と同様の千島海溝周辺型地震による津波堆積物である可能性が高い.

 イベント層の最大層厚はU7層でもっとも厚く(約10cm),上位に向かって薄くなる傾向がある. U7層は最も内陸まで追跡できる砂層であり,その堆積年代はおよそ4900BPを示し,北海道東部において復元された海水準曲線の高頂期に対応する(Dura et al., 2016).本地域の腐植層とイベント層の化学組成を連続的に分析すると,約3800BPのU5層以深において深度を増すにしたがってFeとSの顕著な増加傾向が見られる.本地域では,U4層より下位の腐植層が未分解の層相を示していることから,この化学組成の特徴は,U5層以深において黄鉄鉱を含むようなより還元的環境下にあり,硫酸イオンをもたらすような相対的海水準の上昇が生じていたことを示唆する.日高南部に位置する鵜苫地域では,U1層(2000BP)より新しいイベント砂層は認められないことから,約5500BP以降の相対的海水準高頂期には後背湿地に津波が侵入したが,約2000BP以降は浜堤を越えて津波が浸入していなかったと考えられる.以上の検討から,完新世の津波履歴を復元する際は,海水準変動や地形変化を考慮する必要性があることが明らかになった.



Dura, T. et al. (2016) The role of Holocene relative sea-level change in preserving records of subduction zone earthquakes. Curr. Clim. Change. Rep. 2, 86–100.

Sawai, Y., Kamataki, T., Shishikura, M., Nasu, H., Okamura, Y., Satake, K.,… Aung T. T., 2009, Aperiodic recurrence of geologically recorded tsunamis during the past 5500 years in eastern Hokkaido, Japan. Jour. Geophys. Res., 114, B01319.
Tanioka, Y., Nishimura, Y., Hirakawa, K., Imamura, F., Abe, I., Abe, Y……Masaka, S., 2004, Tsunami run-up heights of the 2003 Tokachi-oki earthquake. Earth Planets Space, 56, 359-365.