日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS13] 生物地球化学

2019年5月27日(月) 13:45 〜 15:15 201A (2F)

コンビーナ:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、座長:木庭 啓介(京都大学)、山下 洋平仁科 一哉藤井 一至

14:45 〜 15:00

[MIS13-11] 大水深淡水湖の有酸素深水層に生息する細菌の生態

*岡崎 友輔1 (1.産業技術総合研究所)

キーワード:陸水学、微生物生態学

海洋や湖沼の水中には1 mLあたり104–107細胞もの浮遊細菌(Bacterioplankton)が存在し、微生物食物網およびそれを介した物質循環における中心的役割を担っている。国内では琵琶湖や支笏湖、海外ではバイカル湖や五大湖に代表される、貧–中栄養の全循環の大水深淡水湖において、深水層(水温躍層以下の水層)は湖体積の大部分を占める有酸素・低水温・無光の水塊であり、深海と同様、比較的難分解の有機物の蓄積と分解、硝化・メタン酸化等の重要な物質循環プロセスの場であると考えられている。しかしながら、その中核を担う有酸素深水層の細菌の多様性や生態に焦点を当てた研究はほとんど無く、その実態に関しては深海よりも知見に乏しい。本発表では、その全貌を明らかにするべく演者がこれまで取り組んできた、大水深淡水湖の有酸素深水層の細菌群集に焦点をあてた研究を紹介する。

 水深・面積・水温・栄養度・pH・湖の成因・滞留時間等の条件の異なる様々な湖からデータを得るため、これまでに国内13、海外7の大水深淡水湖において、沖合最深地点で鉛直採水を行った。得られたサンプル中の浮遊細菌の群集組成は、16S rRNA遺伝子アンプリコンシーケンス法およびCatalyzed reporter deposition-fluorescence in situ hybridization (CARD-FISH法)によって決定した。その結果、大水深淡水湖の有酸素深水層の細菌群集は、湖沼の表水層で幅広く見られる普遍的な淡水性細菌系統に加え、表水層の細菌とは系統的に大きく(門レベルで)異なる、深水層特異的な細菌系統群によって構成されることが明らかとなった。深水層特異的な細菌系統はいずれも単離株が得られていない未培養系統であったが、その多くは国内外の複数の湖で共通して検出されることから、大水深淡水湖の微生物食物網および物質循環において重要な機能を担うと考えられる。

 深水層特異的な細菌系統の中でも特に、Chloroflexi門に属する「CL500-11」系統は現存量が多く、多くの湖で深水層の全細菌の10%以上、琵琶湖を含む一部の湖では20%以上を占めることもある最優占系統である。CARD-FISH法による特異的染色・顕微鏡観察の結果、CL500-11は細胞数が多いだけでなく、細胞サイズも大きい(1–2 μm)ことから、大水深淡水湖の微生物生態系を駆動する量的に最も重要な細菌であることが示唆された。本研究で得たデータと、文献及び塩基配列データベースから収集した情報を総合すると、CL500-11系統は、有酸素深水層を有するほとんどの淡水湖に生息するが、pHが低い湖、水深が比較的浅い湖、滞留時間が極端に短い(1年未満)湖においては、現存量が少ないことが明らかになった。さらにメタゲノム解析や溶存有機炭素の動態に着目した先行研究の情報を加えて総括した結果、CL500-11が利用している有機物は、表層での分解を免れた一次生産物あるいは他の細菌の死細胞に起因し、有酸素深水層に幅広く存在する、準易分解性の窒素リッチな有機物であると推定された。

 総じて本研究では、多数の湖を対象とした網羅的調査により、大水深淡水湖の有酸素深水層の微生物食物網・物質循環プロセスが独自の細菌系統群によって駆動していることを明らかにした。今後は、メタゲノム解析や単離培養手法の確立によって、個々の細菌系統の生理・生態を詳細に追究することが課題となる。