日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS19] 古気候・古海洋変動

2019年5月30日(木) 10:45 〜 12:15 304 (3F)

コンビーナ:岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、岡 顕(東京大学大気海洋研究所)、加 三千宣(愛媛大学沿岸環境科学研究センター)、長谷川 精(高知大学理工学部)、座長:岡崎 裕典

10:45 〜 11:00

[MIS19-23] 海洋堆積物から検出された長鎖アルケンジオンとその不飽和比:アルケノン生合成経路とその進化の解明にむけて

*風呂田 郷史1中村 英人2沢田 健3 (1.海洋研究開発機構生物地球化学研究分野、2.大阪市立大学大学院理学研究科、3.北海道大学大学院理学研究院地球惑星科学部門 )

キーワード:アルケノン、アルケンジオン、古海洋学

長鎖アルケノン(C37­–C39 アルケノン)はハプト藻によって生成される特徴的な化合物であり、堆積物中のアルケノン不飽和比は海洋表層水温(SST)の古水温計として利用されてきた。アルケノンを利用した古海洋学研究は、現在の海洋において主要なアルケノン生産者であるEmiliania huxleyiGephyrocapsa oceanicaなどの生理的特徴に基づいて実施されている。しかしながら、これらの種の出現時期はそれぞれ約0.29 Maと約1.85 Maと比較的若く、より古い年代を対象にアルケノン古水温計を適用するには生合成自体の進化や変化を考慮する必要性が本来はある。近年の研究によって、後期中新世から前期鮮新世の海洋堆積物中から長鎖(C38)アルケンジオンが検出された(Furota et al., 2016)。この化合物は、(1)長鎖アルケノンとほとんど同じ分子構造を持っており、(2)現在のアルケン生産種や海洋表層堆積物からの検出例がなく、(3)アルケノンに対する相対量は古い年代ほど多い。このことから、検出されたC38アルケンジオンは過去のアルケノン生産種のみが生合成することができた有機分子であると現段階では解釈されている。そのため、長鎖アルケノンとアルケンジオンの詳細な組成変化の解明には、アルケノン生合成経路の進化を考える上で重要な知見を提供できる高いポテンシャルがあると期待できる。
長鎖アルケノンと長鎖アルケンジオンの十万年スケールの組成変化を調査するため、本研究ではIODP第339次航海によって北東大西洋から回収された後期中新世〜更新世の半遠洋性堆積物を対象にアルケノン分析を実施した。化合物の同定には、中極性カラム(VF-200 ms)を装着したガスクロマトグラフィー–質量分析計(GC–MS)を使用し、定量分析にはGC–水素炎イオン化検出機(FID)を使用した。中極性カラムを用いたGC分析は、長鎖アルケノンのピーク形状をよりシャープにし、より良い分離度を達成する方法して近年利用され始めた分析法である(Longo et al., 2013; Furota et al., 2016)。
分析の結果、すべての堆積物試料から長鎖アルケノンとC38アルケンジオンが検出された。興味深いことに、長鎖アルケノンがC37–C39の炭素数を示すのに対し、アルケンジオンはC38の炭素数しか示さなかった。GC/MSによって得られたマスフラグメントグラムに基づくと、検出されたC38アルケンジオンはメチルケトンとエチルケトンを両末端にもつ長鎖のジケトンであると解釈される。また本研究では、先行研究によって報告されていたC38:2アルケノンジオンに加え、世界で初めてC38:3アルケノンジオンを更新世〜後期鮮新世の堆積物試料から検出した。
アルケノンに対するC38アルケノンジオンの相対量には中新世から更新世にかけて顕著に減少していく傾向が見られた。この結果は、過去のアルケノン生産者だけがC38アルケノンジオンを生合成できたという現段階での解釈を支持し、同時に、そのような生産種が中新世から更新世にかけて減少したこと示してる。また、C38アルケノンジオンの不飽和比(C38:2/[C38:2 + C38:3])はC37アルケノンの不飽和比(UK’37)と高い相関関係を示した(R2 = 0.85)。この結果は、C38アルケノンジオンが長鎖アルケノンの類似した機能を持つ化合物であり、同様の生合成経路によって生成されていたことを強く示唆する。さらに、C38アルケノンジオンの炭素数はC37–C39アルケノンの中間に位置し、ケトン基の位置はC37–C39アルケノンのすべてと共通点をもつ。これらのことから考えると、C38アルケノンジオンは長鎖アルケノンと同等の機能性および関連した生合成系経路を有した有機化合物であり、より原始的なアルケノン生合成系経路によって合成されていたと考えることができる。

参考文献
Furota et al. (2016) Org. Geochem. 101, 166–175.
Longo et al. (2013) Org. Geochem. 65, 94-102.