11:00 〜 11:15
[MIS20-08] 高木の樹高成長における水分生理学的適応
★招待講演
キーワード:水分生理、通水構造、林冠
山岳地域の主要な要素のひとつである森林生態系は、草原や砂漠や岩地と比較してその複雑な三次元構造が特徴の一つである。そして、その95%は地上からは到達できない林冠部が占めている(Lowman and Rinker 2004)。森林生態系において林冠部は光合成や蒸散や繁殖などの生命活動を担う場であり、多様な生物との相互作用の場である。そのような林冠部における研究は、近年の林冠へのアクセス手段の発展によって急速に進展してきた(中西ら 2018)。
“樹木がなぜ大きくなれるのか”という問いはシンプルながらも古くから議論が続いており、生理生態学的な研究が進められている。樹高成長に関わる要因がいくつか指摘されている中で、根から梢端の葉までの水輸送限界が主要因として考えられている(e.g. Ryan et al. 2006)。これは理論的研究を発端としている一方で、実際の高木がどれだけ根からの水輸送限界の影響を受けているかは直接測定されてこなかった。そこで、樹高100mを超す北米のセコイアメスギや樹高50mのスギにツリークライミングによってアクセスし、樹冠内の葉の水分生理に関する様々な性質を直接的に評価した。すると、梢端で想定される水不足の影響は見られず、梢端の葉の高い貯水性が明らかとなった。つまり、高木は梢端で生じる物理的な水輸送限界に対して、葉の高い貯水性によって補償するという適応的なメカニズムが示唆された(Ishii et al. 2014)。
この葉における高い貯水性はどのように実現されているのだろうか?葉内の組織構造と水の関係性について調べるために、夜明け前と日中に液体窒素を樹高50mのスギの樹冠へ持って上がって葉をその場で急速凍結し、実験室に持ち帰って凍ったままの切片を作成し、低温走査電子顕微鏡で観察した。その結果、維管束と葉肉組織の間に位置する、裸子植物に特有の移入組織が、スポンジのように可逆的に水を貯留したり収縮して放出したりしていることが明らかとなった。梢端の葉では、移入組織の細胞数が多く葉の貯水性を優先した組織構造によって高所の生理機能を維持しており、光合成に関わる組織との資源分配のトレードオフによって最大樹高が規定されることが示唆された(Azuma et al. 2016)。
また、赤外分光法を用いて、水の物理的性質に着目した、葉の水分保持のメカニズムの解明にむけて研究が行われている。顕微鏡と組み合わせて葉の横断面に適用することで、解剖学的手法だけでは評価が難しかった水や糖類の分布を定量化して可視化することができる。現在の植物生理学において水は一種類のものとして扱われているが、実際は水素結合距離の違いなどから様々な性質の水が存在することが、物理化学的研究において知られている。この研究では、得られたスペクトルから、水素結合距離の短い水が多糖類に保持されているという作業仮説が考えられた(Azuma et al. 2017)。
これらの報告は、“高木による水輸送限界への適応” という新たな観点を取り入れた針葉樹高木種における樹高成長メカニズムを示唆している。さらなる高木の生理生態の実態解明には、多角的視点から統括的な理解を目指すことが必要であると考える。
引用文献
Lowman MD, Rinker HB. 2004. Forest Canopies, Second Edition. Elsiver Academic Press, Oxford.
中西 晃, 東 若菜, 田中 美澄枝, 宮崎 祐子, 乾 陽子. 2018. 林冠生物学におけるツリークライミングの適用と展望. 日本生態学会誌 68: 125-139.
Ryan MG, Phillips N, Bond BJ. 2006. The hydraulic limitation hypothesis revisited. Plant, Cell & Environment 29, 367–381.
Ishii HR, Azuma W, Kuroda K, Sillett SC. 2014. Pushing the limits to tree height: could foliar water storage compensate for hydraulic constraints in Sequoia sempervirens? Functional Ecology 28, 1087–1093.
Azuma W, Ishii HR, Kuroda K, Kuroda K. 2016. Function and structure of leaves contributing to increasing water storage with height in the tallest Cryptomeria japonica trees of Japan. Trees 30, 141–152.
Azuma W, Nakashima S, Yamakita E, Ishii HR, Kuroda K. 2017. Water retained in tall Cryptomeria japonica leaves as studied by infrared micro-spectroscopy. Tree Physiology 37.
“樹木がなぜ大きくなれるのか”という問いはシンプルながらも古くから議論が続いており、生理生態学的な研究が進められている。樹高成長に関わる要因がいくつか指摘されている中で、根から梢端の葉までの水輸送限界が主要因として考えられている(e.g. Ryan et al. 2006)。これは理論的研究を発端としている一方で、実際の高木がどれだけ根からの水輸送限界の影響を受けているかは直接測定されてこなかった。そこで、樹高100mを超す北米のセコイアメスギや樹高50mのスギにツリークライミングによってアクセスし、樹冠内の葉の水分生理に関する様々な性質を直接的に評価した。すると、梢端で想定される水不足の影響は見られず、梢端の葉の高い貯水性が明らかとなった。つまり、高木は梢端で生じる物理的な水輸送限界に対して、葉の高い貯水性によって補償するという適応的なメカニズムが示唆された(Ishii et al. 2014)。
この葉における高い貯水性はどのように実現されているのだろうか?葉内の組織構造と水の関係性について調べるために、夜明け前と日中に液体窒素を樹高50mのスギの樹冠へ持って上がって葉をその場で急速凍結し、実験室に持ち帰って凍ったままの切片を作成し、低温走査電子顕微鏡で観察した。その結果、維管束と葉肉組織の間に位置する、裸子植物に特有の移入組織が、スポンジのように可逆的に水を貯留したり収縮して放出したりしていることが明らかとなった。梢端の葉では、移入組織の細胞数が多く葉の貯水性を優先した組織構造によって高所の生理機能を維持しており、光合成に関わる組織との資源分配のトレードオフによって最大樹高が規定されることが示唆された(Azuma et al. 2016)。
また、赤外分光法を用いて、水の物理的性質に着目した、葉の水分保持のメカニズムの解明にむけて研究が行われている。顕微鏡と組み合わせて葉の横断面に適用することで、解剖学的手法だけでは評価が難しかった水や糖類の分布を定量化して可視化することができる。現在の植物生理学において水は一種類のものとして扱われているが、実際は水素結合距離の違いなどから様々な性質の水が存在することが、物理化学的研究において知られている。この研究では、得られたスペクトルから、水素結合距離の短い水が多糖類に保持されているという作業仮説が考えられた(Azuma et al. 2017)。
これらの報告は、“高木による水輸送限界への適応” という新たな観点を取り入れた針葉樹高木種における樹高成長メカニズムを示唆している。さらなる高木の生理生態の実態解明には、多角的視点から統括的な理解を目指すことが必要であると考える。
引用文献
Lowman MD, Rinker HB. 2004. Forest Canopies, Second Edition. Elsiver Academic Press, Oxford.
中西 晃, 東 若菜, 田中 美澄枝, 宮崎 祐子, 乾 陽子. 2018. 林冠生物学におけるツリークライミングの適用と展望. 日本生態学会誌 68: 125-139.
Ryan MG, Phillips N, Bond BJ. 2006. The hydraulic limitation hypothesis revisited. Plant, Cell & Environment 29, 367–381.
Ishii HR, Azuma W, Kuroda K, Sillett SC. 2014. Pushing the limits to tree height: could foliar water storage compensate for hydraulic constraints in Sequoia sempervirens? Functional Ecology 28, 1087–1093.
Azuma W, Ishii HR, Kuroda K, Kuroda K. 2016. Function and structure of leaves contributing to increasing water storage with height in the tallest Cryptomeria japonica trees of Japan. Trees 30, 141–152.
Azuma W, Nakashima S, Yamakita E, Ishii HR, Kuroda K. 2017. Water retained in tall Cryptomeria japonica leaves as studied by infrared micro-spectroscopy. Tree Physiology 37.