14:15 〜 14:30
[O01-03] 地球科学者がブラタモリを案内して考えたこと
★招待講演
キーワード:ブラタモリ、案内人、地球科学者、テレビ番組、アウトリーチ
演者は、「ブラタモリ」3回(2015年秋に放映された#19富士山、#20富士山の美、#21富士山頂)、ならびに「ブラタモリ×家族に乾杯」2018年初夢スペシャル(富士山・三保松原)に案内人として出演する機会を得た。ブラタモリの案内人は、単なる出演者ではなく、監修に相当する莫大な作業も裏でこなしている。地球科学専門家の立場から、演者が見聞・経験・考察したことをまとめる。
番組の作られ方
まず、本番ロケの2ヶ月ほど前から何度も現地下見や打ち合わせを行い、話題を厳選しながら台本を作成した後、台本通りに歩くリハーサルをスタッフだけで実施した。本番ロケの大筋は台本に沿うが、台本を知らないタモリ氏のアドリブや脱線は番組を盛り上げる重要な要素であるため、それらも洩れなく収録した。その後、放映まで一ヶ月ほどの編集作業の中で、内容の厳選とナレーション・解説CGの監修作業に携わった。
ブラタモリの各回はそれぞれ1名のディレクターが担当するが、その背後にはNHKと下請け制作会社の両方から参加した十数人のディレクターグループがいる。興味深いことに、彼らはフラットな人間関係をもち、製作途中の作品を台本段階から相互に批判し合っている。その過程で台本は何度も書き換えられ、より良い番組に仕上げられていく。そうして出来上がった綿密な台本と、タモリ氏の磨かれたユーモアと話術があいまって、多くの視聴者が楽しみながら納得できる番組に仕上がる。だからこそ土曜のゴールデンタイムに視聴率10%台を維持するのであろう。
旅の「お題」
ブラタモリは、冒頭に旅の「お題」という謎かけがなされた後、その土地を知りつくした案内人たちが現れ、少しずつ解答へと誘ってゆく。「お題」は単純な問いかけだが、ひと筋縄では解けない。地形の微妙な高低差から土地の成り立ちを読みとり、目の前の風景や事物をつくり出した自然・社会・人の関わりを考えながら、最終解答に至る。
演者に与えられた「お題」のひとつは「富士山はなぜ美しい?」であった。これには正直困惑した。そもそも美は主観的なものであり、客観性を重んじる自然科学とは本来無縁である。しかし、折角の機会なので、均整のとれた巨大な孤立峰ゆえに富士山は「美しい」のだろうと考えた。そして、その「美」を成り立たせた要因を火山学的に考察し、次に述べる7つの「奇跡」として整理した。
1.伊豆半島と本州の衝突現場の真上にできたマグマ噴出率の高い火山であること。
2.山頂火口から大量の溶岩を流したこと。
3.山頂火口の位置が安定していたこと。
4.マグマの粘り気が適度に小さいために、溶岩流が遠くまで達して裾を引いたこと。
5.富士山の土台の標高が元々高かったたこと。
6.頻繁に噴火し、浸食による形状変化をすみやかに修復してきたこと。
7.私たち人類が絶妙の時期(山体崩壊の後に、再び美しい山体が修復されたタイミング)に文明を築いたこと。
さすがに上記7つすべてを扱うと番組の時間内に収まらないので、このうち1〜3を除いた残りの4つを台本に取り入れることになった。
単純化圧力
台本・ナレーション・CG制作のすべての段階で、それらを監修する専門家には、中身を単純にわかりやすくする方向への強い要望がつねに加わる。学術的には複雑かつ未解明のことが多数あるが、そうした圧力に負けてしまうとトンデモな内容を普及する結果になる。ディレクターからの要望を聞きつつも、解明されていること・いないことを区別し、ここまでは言えるという範囲の中でそれらを単純化するというぎりぎりの選択を迫られる。その作業は高度で時間を要するものであり、専門家の解説能力・アウトリーチ能力が最大限試される。演者は苦労の末に乗り切ったつもりだが、他の放映回では疑問符がつく(おそらく専門家側が圧力に負けたとみられる)ものも散見される。
素朴な疑問への対応
ディレクターから思いもよらぬ質問が出ることもあった。筆者がとくに驚いたのが、「なぜ力の方位を向き合う対の矢印で示すのか、矢印ひとつで良いのでは?」であった。これに対しては、作用と反作用の結果として力が生じることは中学校理科で習うこと、片矢印では運動の意味になることを根気よく説明して理解して頂いた。
実験の考案
ブラタモリでは、地形や地層ができる仕組みを直観的に示す実験が必須とされる。演者に課せられた実験は、宝永火口に見られる岩脈方位と地殻応力方位の関係、ならびに三保半島の砂嘴形成であった。
前者に関しては、殻付きの栗の実を万力で割ったところ、殻にできた亀裂は圧縮方位と一致した。殻の内部にある柔らかな実に加わる圧力がマグマ内圧の高まりに相当するため、実際の岩脈方位を再現できたと考えられる。
後者に関しては、試行錯誤の後、水を溜めたトレーに入れた砂を小型ポンプの水流で移動させ、砂嘴と似た形状を作ることに成功した。
番組の作られ方
まず、本番ロケの2ヶ月ほど前から何度も現地下見や打ち合わせを行い、話題を厳選しながら台本を作成した後、台本通りに歩くリハーサルをスタッフだけで実施した。本番ロケの大筋は台本に沿うが、台本を知らないタモリ氏のアドリブや脱線は番組を盛り上げる重要な要素であるため、それらも洩れなく収録した。その後、放映まで一ヶ月ほどの編集作業の中で、内容の厳選とナレーション・解説CGの監修作業に携わった。
ブラタモリの各回はそれぞれ1名のディレクターが担当するが、その背後にはNHKと下請け制作会社の両方から参加した十数人のディレクターグループがいる。興味深いことに、彼らはフラットな人間関係をもち、製作途中の作品を台本段階から相互に批判し合っている。その過程で台本は何度も書き換えられ、より良い番組に仕上げられていく。そうして出来上がった綿密な台本と、タモリ氏の磨かれたユーモアと話術があいまって、多くの視聴者が楽しみながら納得できる番組に仕上がる。だからこそ土曜のゴールデンタイムに視聴率10%台を維持するのであろう。
旅の「お題」
ブラタモリは、冒頭に旅の「お題」という謎かけがなされた後、その土地を知りつくした案内人たちが現れ、少しずつ解答へと誘ってゆく。「お題」は単純な問いかけだが、ひと筋縄では解けない。地形の微妙な高低差から土地の成り立ちを読みとり、目の前の風景や事物をつくり出した自然・社会・人の関わりを考えながら、最終解答に至る。
演者に与えられた「お題」のひとつは「富士山はなぜ美しい?」であった。これには正直困惑した。そもそも美は主観的なものであり、客観性を重んじる自然科学とは本来無縁である。しかし、折角の機会なので、均整のとれた巨大な孤立峰ゆえに富士山は「美しい」のだろうと考えた。そして、その「美」を成り立たせた要因を火山学的に考察し、次に述べる7つの「奇跡」として整理した。
1.伊豆半島と本州の衝突現場の真上にできたマグマ噴出率の高い火山であること。
2.山頂火口から大量の溶岩を流したこと。
3.山頂火口の位置が安定していたこと。
4.マグマの粘り気が適度に小さいために、溶岩流が遠くまで達して裾を引いたこと。
5.富士山の土台の標高が元々高かったたこと。
6.頻繁に噴火し、浸食による形状変化をすみやかに修復してきたこと。
7.私たち人類が絶妙の時期(山体崩壊の後に、再び美しい山体が修復されたタイミング)に文明を築いたこと。
さすがに上記7つすべてを扱うと番組の時間内に収まらないので、このうち1〜3を除いた残りの4つを台本に取り入れることになった。
単純化圧力
台本・ナレーション・CG制作のすべての段階で、それらを監修する専門家には、中身を単純にわかりやすくする方向への強い要望がつねに加わる。学術的には複雑かつ未解明のことが多数あるが、そうした圧力に負けてしまうとトンデモな内容を普及する結果になる。ディレクターからの要望を聞きつつも、解明されていること・いないことを区別し、ここまでは言えるという範囲の中でそれらを単純化するというぎりぎりの選択を迫られる。その作業は高度で時間を要するものであり、専門家の解説能力・アウトリーチ能力が最大限試される。演者は苦労の末に乗り切ったつもりだが、他の放映回では疑問符がつく(おそらく専門家側が圧力に負けたとみられる)ものも散見される。
素朴な疑問への対応
ディレクターから思いもよらぬ質問が出ることもあった。筆者がとくに驚いたのが、「なぜ力の方位を向き合う対の矢印で示すのか、矢印ひとつで良いのでは?」であった。これに対しては、作用と反作用の結果として力が生じることは中学校理科で習うこと、片矢印では運動の意味になることを根気よく説明して理解して頂いた。
実験の考案
ブラタモリでは、地形や地層ができる仕組みを直観的に示す実験が必須とされる。演者に課せられた実験は、宝永火口に見られる岩脈方位と地殻応力方位の関係、ならびに三保半島の砂嘴形成であった。
前者に関しては、殻付きの栗の実を万力で割ったところ、殻にできた亀裂は圧縮方位と一致した。殻の内部にある柔らかな実に加わる圧力がマグマ内圧の高まりに相当するため、実際の岩脈方位を再現できたと考えられる。
後者に関しては、試行錯誤の後、水を溜めたトレーに入れた砂を小型ポンプの水流で移動させ、砂嘴と似た形状を作ることに成功した。