日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[E] ポスター発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS04] 火星と火星圏の科学

2019年5月26日(日) 15:30 〜 17:00 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 8ホール)

コンビーナ:宮本 英昭(東京大学)、臼井 寛裕(東京工業大学地球生命研究所)、松岡 彩子(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)、Sushil K Atreya(University of Michigan Ann Arbor)

[PPS04-P01] ハレアカラT60望遠鏡可視分光器による火星電離圏のO2+発光の観測

*鈴木 駿久1鍵谷 将人1坂野井 健1 (1.東北大学理学研究科,惑星プラズマ・大気研究センター)

キーワード:火星、電離圏、地上望遠鏡

本研究では,火星の大気散逸機構を探るために火星電離圏のO2+の発光の検出を目的として,初めて地上望遠鏡による分光観測を行った.分光観測後に整合的な解析を行い,その結果O2+ first negative bands (1NG) (1, 0)の発光を検出することができた.また,それよりO2+の発光強度と柱密度を導出した.
 現在の火星の大気は地球と比べて希薄である.これは宇宙空間への大気の散逸が関与しており,長年の変化により大気が失われていったためであると考えられている.また,現在の火星はダイナモ運動による両極性磁場を持たず一部に弱い磁場が残っているのみであるため,火星上層大気の宇宙空間への散逸は太陽風の影響を強く受けると考えられる.近年,MAVEN探査機などの様々な観測により火星電離圏のイオン組成や密度が調べられている.火星電離圏ではO2+が主なイオンであり,太陽直下点では高度130 kmで密度が最大となる[M. Benna et al., 2015].このO2+が解離性再結合をする結果,脱出速度以上のエネルギーを持った中性酸素が生成され,火星の重力を振り切って宇宙空間に散逸していく.この過程は火星大気散逸の中でも重要な要素である.しかし,人工衛星で中性酸素を直接観測することは困難であるため,観測可能であるプラズマの温度や密度よりモデル計算が行われている.そのため,O2+をはじめとするイオンや電子の密度の空間分布や高度分布を知ることは宇宙空間への散逸量を知るために重要である.しかし,数百~数千kmでのイオンの散逸過程を調べるためには人工衛星でのその場観測のみでは不十分であり,撮像による全体像の把握を行うことは重要である.地上からの望遠鏡を用いた分光リモートセンシングにより,O2+の発光や温度の空間分布や時間変動を捉えることができれば,太陽風や地殻地場の変動が酸素原子やイオンの散逸過程へ与える影響を知ることが期待できる.
 観測は2018年の9月10日から19日の間に,マウイ島ハレアカラ山頂の東北大学60cm望遠鏡(T60)に可視分光器を組み合わせて実施した. O2+の発光の中でもO2+ 1NG (1, 0)に着目し,550 – 570 nmの範囲を波長分解能10,000で分光観測した.分光器のスリット(幅2”×長さ90”)は火星の昼半球のリム付近に火星の自転軸と平行に設置した.1フレームの積分時間は2分とし,1日あたり約60フレームを取得した.観測期間中の総積分時間は450分であった.火星の太陽反射スペクトルを参照するためのスペクトル(火星ディスクのスペクトル)もリム観測の前後で取得した.観測したフレームは,個々に1次解析処理(ダーク減算,フラットフィールド補正,波長・空間歪みの補正)を施した後,全フレームについて積算することでS/Nを向上させた.その後,同様の処理を施した太陽反射スペクトルをリム観測データから差し引き,O2+1NG (1, 0)のスペクトルを導出した.次に,観測から導出したO2+1NG (1, 0)スペクトルを,モデルスペクトル[K. Henriksen and L. Veseth, 1987]と比較した.この際,スペクトルの短周期波長変動について着目するために,観測から導出したO2+1NG (1, 0)スペクトルとモデルスペクトルの両方に波長分解能と整合的なハイパスフィルターを施した.その2つのスペクトルの相関係数を計算した結果,波長ずれ(lag)が0の位置で相関係数は最大となり,その値は0.40であった.ここで,相関をとる波長範囲はモデルスペクトルで発光量が大きく,かつ太陽フラウンホーファーの吸収線による影響が小さい部分を選択した.これらの結果から、本研究で火星リム観測による電離圏のO2+の発光を初めて検出したと考えられる。さらに,モデルスペクトルと観測での発光スペクトルで最小二乗法を用いて観測されたスペクトルを最も良く再現する明るさを決定した.その結果,見積もられたO2+1NG (1, 0)の発光強度は691 +/- 171 ×103 Rayleighsとなった。発光機構として太陽共鳴散乱を仮定すると, O2+柱密度は4.4 +/- 1.1×1013 /cm2となった.これはMaven探査機により観測されたO2+の高度分布[M. Benna et al., 2015] をもとに全球一様球対称分布を仮定した場合に期待されるO2+柱密度よりも約5-10倍大きな値となった.本発表では,O2+の発光観測スペクトルとモデルスペクトルを比較し,それより発光量と密度を導出した.また,その結果についての考察を述べる.