日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS06] 惑星科学

2019年5月27日(月) 09:00 〜 10:30 A01 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:黒崎 健二(名古屋大学大学院 理学研究科 素粒子宇宙物理学専攻)、仲内 悠祐(宇宙航空研究開発機構)、座長:倉本 圭(北海道大学)、佐々木 貴教(京都大学大学院理学研究科宇宙物理学教室)

09:45 〜 10:00

[PPS06-04] 還元型原始火星大気の流体力学的散逸

*吉田 辰哉1倉本 圭1 (1.北海道大学)

キーワード:流体力学的散逸、初期火星、還元的大気

微惑星が集積し惑星が形成される過程で,原始火星は衝突脱ガス成分と星雲ガス成分の双方から成る原始大気を獲得したと予想される (Saito and Kuramoto, 2018).金属鉄を含む微惑星が高速で衝突する際に放出される脱ガス成分は,ガス-マグマ-溶融金属鉄間の熱化学反応によって決定され,大気組成はH2,CO,CH4などの還元的な分子種に富むと推定される (Kuramoto and Matsui, 1996).還元的な環境下では生命前駆物質が生成されやすい (Schlesinger and Miller, 1983).そのため,還元的な原始大気が火星における生命前駆物質の生成場として重要だった可能性がある.

これまで還元的な原始大気は流体力学的散逸によって形成直後に速やかに散逸したと考えられてきた.流体力学的散逸は,初期火星においては初期太陽の強力なEUV放射によって上層大気が加熱されることで起きていたと考えられている.Lammer et al. (2013),Erkaev et al. (2014)は火星形成期のEUV強度進化の新たな知見を用いて大気散逸量を求め,分子は全て単原子分子に解離するという仮定のもと,100 bar 相当の大気が質量分別を起こさずに 10 Myr 程度で散逸することを示した.しかし,この結果は大気中の分子が全て解離しているという仮定に強く依存している.火星は重力が小さいため光解離が十分進む前に流出が起き得る.CH4やCOなどの赤外活性分子が存在したとすると,分子の放射冷却によって熱エネルギーが失われ,大気散逸率が減少すると考えられる.大気散逸率が減少すれば,水素が保持される期間が延び,質量分別が起きH2以外の大気成分が取り残されたりすることで,原始火星では還元的環境が長期間持続した可能性が生じる.しかし,分子の放射冷却が流体力学的散逸に及ぼす影響についてはこれまでほとんど検討されてこなかった.そこで本研究では,光化学過程と分子の放射冷却過程を考慮した多成分大気における流体力学的散逸による大気散逸量を数値的に求め,原始火星の還元的環境の持続期間を明らかにすることを目的とする.

数値モデルは球対称一次元流体方程式を解き定常流を求めるモデルであり,波長に依存したUVならびに赤外放射の放射伝達と光解離・光電離過程を考慮している.UVスペクトルはG型主系列星の観測から推定される44.6億年前の太陽スペクトルを用いた (Claire et al., 2012).EUV強度は現在の強度の約100倍に相当する.赤外放射についてはCOとCH4の特に放射率の高い遷移を考慮し,光子の脱出確率を用いて冷却率を求めた.本研究では星雲ガス成分と脱ガス成分の混合大気を想定している.脱ガス成分はH2,CO,CH4から成るとする.モデル中ではH2,CO,CH4と,これらの分子から光化学過程で生じる大気成分の計18成分を考慮した.

COとCH4の混合比が大きくなるにつれて大気散逸率は減少し,COとCH4の混合比が10%程度以上になると,COとCH4の放射冷却により大気散逸率は純粋な水素大気の場合と比べて一桁以上減少する.散逸率が低下した結果,質量分別も顕著に起きる.脱ガス成分質量が1.0×1021 kgになると,H2が全て散逸するまでの時間は~1億年以上となる.また,多くの場合でCOとCH4は取り残され,これらの大気種が光化学過程によって酸化されるまで還元的環境が続くことになる.この結果は,初期火星では還元的環境が1億年以上持続し,初期大気が生命材料物質の生成場として重要な役割を果たした可能性があることを示唆する.