日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS08] 月の科学と探査

2019年5月30日(木) 10:45 〜 12:15 103 (1F)

コンビーナ:長岡 央(宇宙航空研究開発機構)、鹿山 雅裕(東北大学大学院理学研究科地学専攻)、西野 真木(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所)、諸田 智克(名古屋大学大学院環境学研究科)、座長:橋爪 光長岡 央

11:45 〜 12:00

[PPS08-11] 月極域探査ミッションの推進に向けた科学的アプローチ

*鹿山 雅裕1橋爪 光2長岡 央3佐伯 和人4山中 千博4晴山 慎5大竹 真紀子3 (1.東北大学、2.茨城大学、3.宇宙航空研究開発機構、4.大阪大学、5.聖マリアンナ医科大学)

キーワード:月着陸探査、月の水、赤外分光、熱重量分析器、微量水分計、中性子分光

月周回衛星LCROSSやDeep Impactによる観測から、月極域の表層において様々な水の化学種(氷や構造水、分子水、含水相など)が検出されている。また、理論計算や月隕石を対象とした物質科学的研究により、表層だけに限らず月の地下においても氷が埋蔵する可能性が示されている。その起源については太陽風や隕石・小惑星・彗星の衝突、内部由来の火山噴出が想定されており、いずれのものが主たる要因となるかはいまだ議論の渦中である。このように、月の極低温環境において水氷の存在が示唆されていることから、将来の月のミッションとして日本を含む各国で2020年代に月極域での着陸探査が検討されている。この月極域探査は、将来の月での有人活動や居住、さらには他天体への宇宙探査を想定した資源利用(飲料水や水素燃料の確保など)の足掛かりであると共に、月の水の起源や月の進化史に伴う揮発性物質の変遷を明らかにすることを科学目的とした重要なミッションに位置付けられている。従ってここでは、月極域探査計画の推進に向けて、水氷のその場観察に活用できると目される基礎データの取得と月極域環境を模擬した地上室内実験に関する重要性を提言すると共に、月極域での水氷の観測に重要と考えられるモデルミッション機器について検討を行う。

 赤外反射分光器は様々な探査観測機に搭載されており、1.5–2.0 μmもしくは2.8–3.0 μmの波長範囲において水の吸収帯を検出することが可能である。月探査観測機で得られた分光データを、地上実験で予め分析された月の主要構成鉱物(カンラン石や輝石、長石など)に対応する地球物質のデータと比較することで、月の土壌に内在する水の化学種の同定と含有量の推定が期待される。水の吸収帯は温度に依存することが知られているものの、現状では、月の極域や地下の極低温環境(30から400 K)に相当するデータは少ない。よって、月極域探査におけるその場観察で取得された分光データをさらに高い精度・確度で有効に活用するためには、月の土壌や岩石に含まれる主要構成鉱物に相当する地球物質を対象に、実験室でできるだけ低温かつ高真空の条件で月環境を模擬した赤外分光測定を行うことが重要である。加熱・液体窒素冷却ステージとガスパージ可能な高真空ポンプを搭載した赤外分光装置を用いて、BaF2窓に固定した各試料を30 Kから400 Kの範囲で赤外反射・透過スペクトルを取得し、各温度に対応した吸収係数を算出することが重要なアプローチとして挙げられる。試料は月探査観測や月試料分析により水の存在が示唆されているカンラン石、輝石、斜長石及び含水鉱物(サポナイトなど)を想定し、構造水や分子水の含有量を異にする地球産の各鉱物を実験に供する。これにより、これまでの探査観測機で取得された分光データを再検証すると共に、月極域探査ローバーに搭載された赤外反射分光器による水の化学種の同定や含有量の推定を高い精度かつ信頼性で実現することが期待される。

熱重量分析器や微量水分計(CRDS: cavity ring-down spectroscopy)については、加熱機構の搭載を想定と、その場観察で取得されるデータがより高精度になることが期待される。水の脱水温度は化学種や含まれる鉱物の種類ごとに異なることが知られている。従って、各装置を用いた段階過熱実験がもし可能となれば、各種信号の温度特性から水の化学種の同定や含有量をより高い精度で定量評価することが期待される。各装置を搭載するとして、加熱機構の設置を仮定すると、その性能、特に上限温度を検討することがペイロードの観点からも重要と考えられる。そこで月極域に存在が目される各種鉱物に相当する地球物質に対して、先行研究によるデータや地上室内実験による脱水温度の決定を事前に各装置で実施し、基礎データを構築することが今後のミッションの推進に繋がると期待される。

 月極域での着陸探査によるその場観察から表層や地下に存在する水氷を探索する上で、モデルミッション機器の種類や性能、特性などを十分に精査することが重要である。前述した赤外反射分光器や熱重量分析器、CRDSでは土壌や鉱物、岩石に内在する水の化学種や含有量を推定することが可能である。また、中性子分光計では表層から深さ1m以内の水を空間的に連続な分布として定量評価でき、さらに他の搭載機器から取得された水の含有量に関するデータを基に、中性子分光の含水量を較正することで、より高確度で水の空間分布を解析することが期待される。各々の機器では、検出限界や空間分解能、決定できる化学種の制限などに違いがあるものの、相互に活用することでより信頼性の高いデータを取得することが考えられる。また、直接的に水の検出を可能にする機器だけに限らず、水の空間分布解析、特に表面から地下に及ぶ広い範囲で水の探索を実現する物理探査機器も重要であると目される。さらに各装置の連携も重要と考えられ、例えば、地中レーダーと共に赤外反射分光器によるイメージング分光計や中性子分光計などの観察を合わせて行うことで、月の表面から地下に至るまでの深さ方向の水氷の分布を明らかにすることが期待される。