[SCG61-P22] 海岸低地帯の発達過程に基づく関東地震の残留隆起量と再来間隔の相関性
キーワード:海成段丘、残留隆起量、再来間隔、海溝型地震
地震時に海底面が隆起して,海成段丘が形成されることは良く知られる.海成段丘は,地震時に離水した海成面と地震後に形成された高さ数m未満の低崖からなり,海岸線沿いに階段状に分布する.先行研究では,一段一段の海成段丘は,一回一回の地震の痕跡として認識されており,この前提のもとに一段一段の海成段丘の地形情報から過去の地震の履歴と再来間隔および地震時の隆起量を推定する研究が行われている.しかしながら前杢(1988)は,南海トラフのプレート沈み込み帯で発生する地震性隆起と地震間沈降が繰り返されることにより,一段の平坦な段丘面が形成されることを推論し,階段状の段丘は陸側の海底断層の活動によって海岸に大きな変位が生じることによって形成されるとした.私たちは,一段の段丘面が複数回の地震サイクルで形成される前杢の推論を実証する地形・地質データを相模トラフのプレート沈み込み帯の直上に位置する三浦半島において明らかにした.
地形判読の結果,三浦半島の岩石海岸では,海抜1 m付近に1923年大正関東地震時の段丘面,また海抜2 m付近に1703年元禄関東地震時の段丘面が分布する(松田・他,1974).また半島に多数発達する入江の奥では,後背地から海底に運搬された堆積物で埋め立てられた海岸低地が,元禄地震の段丘面の標高付近に広く発達しており,一般に居住地や農地として利用されている.私たちは,半島南端部の入江の奥に分布する海岸低地の発達過程を詳細に調べた.その結果,1703年よりも古い時代に隆起した複数の海成段丘が1923年および1703年の隆起面の標高付近に残存していることが認められた.
見かけ上,一面に広がる平な海岸低地は,1つの地形面ではなく,複数段の小規模な海成段丘から構成されている.海成段丘の存在は,海面水位の相対的低下が突発的に生じたことを示す.これらの海成段丘は,海抜 2.1m 未満に 5 つの領域に分けられた.その海成面の離水時期と標高を調べた結果,若い順に 1923 年大正地震の海成面:1.22m~ 1.37m, 西畑・他(1988)による 1703 年元禄地震の離水波蝕棚面:2.3 m,1293 年正応地震(1260-1380cal.AD 以降)の海成面:1.27 m,西暦約1000 年頃の地震(915cal.AD から 1150cal.AD)の海成面:1.63~1.93 m であり,さらに 古い時代まで段丘面が分布する(金・萬年,2018).
このように,極めて海抜の低い海岸低地の中に形成時代の異なる小規模な段丘が残存(一部は埋没段丘)する理由は,1.プレートの沈み込みに伴う陸側プレートの弾性反発による地震隆起と地震間の沈降が繰り返されていること(Shimazaki et al., 2011),また2.次の地震までに海面水位付近に新期の海成面が形成されること(金・萬年,2018),3.形成された海成段丘面が被覆層によって保存される条件があることによる.幅の広い段丘面や,美香かけ上一面に広がる平らな海岸低地面は,一回の地震で形成されたのではなく,複数回の地震時の隆起と地震間の沈降に伴った離水と沈水が繰り返すことによって形成された地形面である.
海成段丘の標高から直接的に導出される物理量は,地震時の隆起量ではなく,累積変位量と残留変位量である.地盤は地震間に沈降するため,2段の海成面の形成環境が地震前と地震後で一様である場合,前の地震時の段丘面と次の地震時の段丘面の標高差は,前の地震時の隆起量の残留隆起量を示す.これは歪みの蓄積の指標と推定される.
上述の段丘面の標高と離水時期から,地震の発生間隔の長い1293年と1703年の410年間では,1293年の段丘面は元の標高(海面水位)まで完全に逆戻りしている.残留隆起量は0である.また地震の発生間隔の短い1703年と1923年の220年間では,1703年の段丘面は元の標高まで逆戻りすることなく,1923年の関東地震が発生した.残留隆起量は約1mである.したがって,海岸線に1703年元禄面と1923年大正面の2段の明瞭な段丘地形として認められと考えられる.
地形判読の結果,三浦半島の岩石海岸では,海抜1 m付近に1923年大正関東地震時の段丘面,また海抜2 m付近に1703年元禄関東地震時の段丘面が分布する(松田・他,1974).また半島に多数発達する入江の奥では,後背地から海底に運搬された堆積物で埋め立てられた海岸低地が,元禄地震の段丘面の標高付近に広く発達しており,一般に居住地や農地として利用されている.私たちは,半島南端部の入江の奥に分布する海岸低地の発達過程を詳細に調べた.その結果,1703年よりも古い時代に隆起した複数の海成段丘が1923年および1703年の隆起面の標高付近に残存していることが認められた.
見かけ上,一面に広がる平な海岸低地は,1つの地形面ではなく,複数段の小規模な海成段丘から構成されている.海成段丘の存在は,海面水位の相対的低下が突発的に生じたことを示す.これらの海成段丘は,海抜 2.1m 未満に 5 つの領域に分けられた.その海成面の離水時期と標高を調べた結果,若い順に 1923 年大正地震の海成面:1.22m~ 1.37m, 西畑・他(1988)による 1703 年元禄地震の離水波蝕棚面:2.3 m,1293 年正応地震(1260-1380cal.AD 以降)の海成面:1.27 m,西暦約1000 年頃の地震(915cal.AD から 1150cal.AD)の海成面:1.63~1.93 m であり,さらに 古い時代まで段丘面が分布する(金・萬年,2018).
このように,極めて海抜の低い海岸低地の中に形成時代の異なる小規模な段丘が残存(一部は埋没段丘)する理由は,1.プレートの沈み込みに伴う陸側プレートの弾性反発による地震隆起と地震間の沈降が繰り返されていること(Shimazaki et al., 2011),また2.次の地震までに海面水位付近に新期の海成面が形成されること(金・萬年,2018),3.形成された海成段丘面が被覆層によって保存される条件があることによる.幅の広い段丘面や,美香かけ上一面に広がる平らな海岸低地面は,一回の地震で形成されたのではなく,複数回の地震時の隆起と地震間の沈降に伴った離水と沈水が繰り返すことによって形成された地形面である.
海成段丘の標高から直接的に導出される物理量は,地震時の隆起量ではなく,累積変位量と残留変位量である.地盤は地震間に沈降するため,2段の海成面の形成環境が地震前と地震後で一様である場合,前の地震時の段丘面と次の地震時の段丘面の標高差は,前の地震時の隆起量の残留隆起量を示す.これは歪みの蓄積の指標と推定される.
上述の段丘面の標高と離水時期から,地震の発生間隔の長い1293年と1703年の410年間では,1293年の段丘面は元の標高(海面水位)まで完全に逆戻りしている.残留隆起量は0である.また地震の発生間隔の短い1703年と1923年の220年間では,1703年の段丘面は元の標高まで逆戻りすることなく,1923年の関東地震が発生した.残留隆起量は約1mである.したがって,海岸線に1703年元禄面と1923年大正面の2段の明瞭な段丘地形として認められと考えられる.