日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS10] 地震活動とその物理

2019年5月28日(火) 13:45 〜 15:15 A10 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:勝俣 啓(北海道大学大学院理学研究院附属地震火山研究観測センター)、座長:加藤 愛太郎(東京大学地震研究所)、遠田 晋次(東北大学)

15:00 〜 15:15

[SSS10-06] 地震とは無縁の島,天草上島・下島 —非地震域の意味を考える

*遠田 晋次1 (1.東北大学災害科学国際研究所)

キーワード:非地震性、内陸地殻内地震、地震活動

1.はじめに

 伏在断層による内陸大地震(浅部地殻内地震)が発生するたびに「日本列島どこでも震度6弱以上の揺れに見舞われてもおかしくない」という論調が繰り返される.本当だろうか.グローバルにみると列島全体が沈み込み変動帯に位置しているので,地震から無縁の地はないように見える.検知能力の著しく向上した気象庁一元化ネットワークで地震が捉えられない地域はあるのか.日本列島に「プチ安定地塊」は存在するのであろうか.逆説的であるが,「地震が起こらない」理由を考えることは,地震発生メカニズムを理解するために重要であろう.

2.天草上島・下島の地震活動と地質構造,測地歪み

1923年〜2018年1月の気象庁一元化震源の浅部地震活動(深さ30km以浅)を調べると,日本列島内陸でも震央が全くプロットされない地域がわずかにある.そのうちの1つが天草諸島の上島・下島である.両島を中心とする約2000km^2の地域ではほとんど地震が発生していない(図1a).日本被害地震総覧(宇佐美ほか,2013)にも両島を震源とする被害地震は全く記載がない.地震活動から見たこの地域の特徴は単に地震活動がきわめて低調であるだけではなく,囲碁の黒石に囲まれた白石のように,熊本地震余震域を含め周辺を地震活動活発域に囲まれているのが特徴である.北〜北西は雲仙岳直下から橘湾,天草灘へ抜ける北東—南東走向の地震帯(天草灘地溝),東には島原湾東部〜熊本平野〜八代〜八代海沿い(八代海地溝)の熊本地震余震域を含む地震帯,南は阿久根市西方沖に広がる多数の北東—南西走向の地震クラスター群に囲まれる.これらの周辺活発域の地震のメカニズムは北東—南西走向の横ずれか,東西走向の正断層解が卓越する.

当地域は高重力異常で特徴付けられ,基盤は下島西岸に露出している長崎変成岩類が予想される.ただし,実際に地表に露出している地層としては,主として上部白亜系および古第三系の堆積岩類である(図1b, 産総研シームレス地質図).これらの堆積岩類には主として北北東—南南西の褶曲軸を持つ褶曲構造が著しく,天草褶曲運動とも称される.また,これらの褶曲を胴切りにする西北西走向の多数の高角横ずれ断層が並走する(天草型構造ともよばれる)が,一連の構造は中新世中期頃に形成されたと考えられている(高井・佐藤,1982).少なくとも,上記の西北西走向の断層群沿いに活構造を示唆する変動地形はみあたらない.当該地域には「新編日本の活断層」に活断層が6箇所ほど示されているが,いずれも4km以下で確実度II〜IIIとされている.ただし,上島北部から下島北部には海成段丘が発達し,両島南部はリアス式海岸で特徴付けられることから,第四紀後期に北高南低の地殻運動が続いていると推定されている(町田ほか,2001).なお,国土地理院(2018)による電子基準点による観測では,熊本地震の余効変動の影響はあるものの,当該地域は0.1ppm程度の東西圧縮・南北引張の場にある.日本列島の他の地域と比べて,歪速度が小さな地域に含まれる.

3.議論

なぜ,天草上島・下島では地震が発生しないのか.第四紀後期を通じて恒久的な非地震域であるかどうかは不明であるが,少なくとも顕著な活断層も分布しない.測地学的にも少なくとも内部での歪みはきわめて小さく,周辺を活発な地震帯に囲まれることから,この部分が内部歪みを生じないようにブロック状に振る舞っている可能性が推測される.テクトニックな観点からは,別府—島原地溝帯外(南側)にあること,天草灘—橘湾沿いに指摘されている沖縄トラフの九州上陸部からも外れていること,日奈久断層帯からある程度の離隔距離があること,などから,すべての主要変動帯から逃れている可能性がある.実際,下島の一部を除いて後期中新世以降に堆積物がほとんどみられず,全域が安定か長期的に緩やかに隆起する傾向にあった可能性がある(ただし,第四紀後期に南部はおそらく沈降している). なお,同様に地震活動域に囲まれる非地震域として面積こそ小さいが,琵琶湖直下がある.日本列島内陸で非地震域を生じるためには,周りを主要活構造に囲まれるのが条件なのかもしれない.そのような地域は超長期的なストレスシャドウに置かれていると考えられる.



文献: 活断層研究会(1991)新編日本の活断層;国土地理院(2018)地震予知連絡会会報,99巻;町田ほか(2011)日本の地形「九州・南西諸島」; Mogi, K. (1969) Bull. Earthq.Res.Inst., 47, 397-417; 産業技術総合研究所(2018)日本シームレス地質図;高井保明・佐藤博之(1982)5万分の1図幅「魚貫崎及び牛深地域の地質」;宇佐美ほか(2013)「日本被害地震総覧」.