[SSS11-P15] S-netで観測されるT波エンベロープの特徴
キーワード:T波、エンベロープ、S-net
海底地震津波観測網S-netが整備されたことにより,海域でのネットワーク観測が可能となった.陸域と異なり,S-netの地震計には,P波やS波の後にT波が顕著に観測される.T波は,海水中を音波として伝わる波であり,音速の低速度層(SOFAR チャネル)内にトラップされることで遠地まで伝わる.この性質を利用して,T波は震源近傍に観測点がない核実験や海底火山のモニタリングに使用されてきた[Okal, 2008].T波パルスの幅と振幅を用いると,核実験と自然地震の区別が可能である[Talandier & Okal, 2001].T波の立ち上がり時間[Yang & Forsyth, 2003; Dziak et al., 2005]や実体波とT波の振幅比[Wech et al., 2018]が,地震の深さに依存することが知られている.これらの研究は,変換点から遠地で観測されるT波を用いて行われてきた.S-netではネットワーク内の近地の地震によるT波を捉えることが可能であるため,地震波と海中音波の変換過程を詳細に調べることが可能である.本研究では,S-netで捉えられたT波のうち,変換点がネットワーク内にあると推測でき,また孤立的な形状を示すT波の特徴を調べた.複数の変換点もしくは共鳴により,いくつもT波が連続している場合や,顕著なピークを持たないT波は対象外とした(例えば,小笠原諸島付近での深発地震).
S-netの速度型地震計に8-16Hzのバンドパスを適用し,3成分の二乗和を計算することでエンベロープを作成した.T波エンベロープの立ち上がりは,S波コーダに埋もれている場合や,不明瞭な場合が多い.そのため,エンベロープ幅は,到達時刻に依存しない指標として,振幅が最大値の1/3を超える時間(τ1/3)や,標準偏差に相当するTrmsを指標とする.T波の大きさは,二乗エンベロープの時間積分に比例するTPEF(T-phase energy flux)[Okal et al., 2003]を指標とする.次に,T波エンベロープの特徴を示す.
T波の伝播速度はおよそ1.5 km/sであるが,水深が深い観測点ほど速い場合も見られた.エンベロープ形状は,ピークまでゆるやかに立ち上がり,その後減衰する.地震波エンベロープと異なり,立ち上がりと減衰の時間スケールが同様である場合が多い.これは,伝播過程での散乱の影響によりエンベロープ形状が規定される地震波と異なり,T波のエンベロープ形状は,地震波から音波への変換過程に大きく依存しているためだと考えられる.ただし,Trmsは距離とともに増加傾向を示すこともあり,T波にも伝播過程での散乱の影響は含まれていることを示唆する.これは,海底地形が比較的平坦な場所では,エンベロープ幅が距離に依存しないという観測事例とは異なる[Yang & Forsyth, 2003].τ1/3は観測点の水深が浅いほど小さい傾向が多いが,例えば三重会合点付近の地震では複雑なT波エンベロープのため,浅い観測点でのエンベロープ幅にはばらつきが大きい.エネルギーに関しては,深い観測点ほどTPEFが大きい.これは,日本列島に向かって水深が浅くなり,T波が反射して浅い観測点に十分なエネルギーが届かないためだと考えられる.三重会合点付近の震源の場合,T波は主に海溝沿いに伝播する様子が見られた.TPEFは距離とともにべき乗で減衰するが,減衰の速さは-1乗から-6乗まで震源により異なる.プレート境界型地震やスラブ内地震と比べ,アウターライズ地震で顕著なT波が見られた.これは,海溝の東側で太平洋プレートが下り傾斜になっている場所で,地震波が音波に変換され,SOFARチャネルに対し浅い角度で入射し,効率よくトラップされるためである.日本列島下で発生する深さ100km程度のスラブ内地震では,走時から推測されるT波生成場所が震央と異なり海溝付近であった.スラブ内を伝播した地震波が海溝付近でT波に変換される現象だと考えられる.この変換は強い指向性が見られた.
以上のように,S-netで観測されるT波は,海底地形や地下構造の影響を強く受けていることが明らかになった.今後,差分法シミュレーションや放物型方程式に基づいて弾性体と海水を含む波動伝播のモデリングを行い,本研究で観測されたT波エンベロープの特徴を説明することで,弾性波と音波の変換過程の理解を深めることが可能であると考えられる.
謝辞
防災科学技術研究所が運営する日本海溝海底地震津波観測網S-netの記録を使用させていただきました.
S-netの速度型地震計に8-16Hzのバンドパスを適用し,3成分の二乗和を計算することでエンベロープを作成した.T波エンベロープの立ち上がりは,S波コーダに埋もれている場合や,不明瞭な場合が多い.そのため,エンベロープ幅は,到達時刻に依存しない指標として,振幅が最大値の1/3を超える時間(τ1/3)や,標準偏差に相当するTrmsを指標とする.T波の大きさは,二乗エンベロープの時間積分に比例するTPEF(T-phase energy flux)[Okal et al., 2003]を指標とする.次に,T波エンベロープの特徴を示す.
T波の伝播速度はおよそ1.5 km/sであるが,水深が深い観測点ほど速い場合も見られた.エンベロープ形状は,ピークまでゆるやかに立ち上がり,その後減衰する.地震波エンベロープと異なり,立ち上がりと減衰の時間スケールが同様である場合が多い.これは,伝播過程での散乱の影響によりエンベロープ形状が規定される地震波と異なり,T波のエンベロープ形状は,地震波から音波への変換過程に大きく依存しているためだと考えられる.ただし,Trmsは距離とともに増加傾向を示すこともあり,T波にも伝播過程での散乱の影響は含まれていることを示唆する.これは,海底地形が比較的平坦な場所では,エンベロープ幅が距離に依存しないという観測事例とは異なる[Yang & Forsyth, 2003].τ1/3は観測点の水深が浅いほど小さい傾向が多いが,例えば三重会合点付近の地震では複雑なT波エンベロープのため,浅い観測点でのエンベロープ幅にはばらつきが大きい.エネルギーに関しては,深い観測点ほどTPEFが大きい.これは,日本列島に向かって水深が浅くなり,T波が反射して浅い観測点に十分なエネルギーが届かないためだと考えられる.三重会合点付近の震源の場合,T波は主に海溝沿いに伝播する様子が見られた.TPEFは距離とともにべき乗で減衰するが,減衰の速さは-1乗から-6乗まで震源により異なる.プレート境界型地震やスラブ内地震と比べ,アウターライズ地震で顕著なT波が見られた.これは,海溝の東側で太平洋プレートが下り傾斜になっている場所で,地震波が音波に変換され,SOFARチャネルに対し浅い角度で入射し,効率よくトラップされるためである.日本列島下で発生する深さ100km程度のスラブ内地震では,走時から推測されるT波生成場所が震央と異なり海溝付近であった.スラブ内を伝播した地震波が海溝付近でT波に変換される現象だと考えられる.この変換は強い指向性が見られた.
以上のように,S-netで観測されるT波は,海底地形や地下構造の影響を強く受けていることが明らかになった.今後,差分法シミュレーションや放物型方程式に基づいて弾性体と海水を含む波動伝播のモデリングを行い,本研究で観測されたT波エンベロープの特徴を説明することで,弾性波と音波の変換過程の理解を深めることが可能であると考えられる.
謝辞
防災科学技術研究所が運営する日本海溝海底地震津波観測網S-netの記録を使用させていただきました.