日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS12] 地殻構造

2019年5月30日(木) 13:45 〜 15:15 A05 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:中東 和夫(東京海洋大学)、座長:村井 芳夫(北海道大学)、豊国 源知(東北大学)

15:00 〜 15:15

[SSS12-06] 首都圏下における異常な地震波異方性分布(1)フィリピン海スラブマントル

*石瀬 素子1酒井 慎一1加藤 愛太郎1青井 真2松原 誠2 (1.東京大学地震研究所、2.防災科学技術研究所)

キーワード:地震波異方性トモグラフィー、首都圏、フィリピン海スラブ、太平洋スラブ

1.はじめに

 首都圏は,太平洋 (PAC) プレートとフィリピン海 (PHS) プレートが沈み込むと同時に伊豆-小笠原弧が衝突するという,世界で類を見ない特有なプレート収束帯に位置している.そのため,首都圏下では,これらプレートの相互作用によって様々なタイプの地震が引き起こされてきている.例えば,相模トラフ沿いのPHSプレートと北米プレート境界で発生するM 8級の海溝型地震や首都圏直下で数十年おきに発生するM 7級の地震が,首都圏に甚大な人的・物的被害をもたらしてきていることが分かっている.首都圏には人口と国の中枢的諸機能が集中しているため,次の首都直下地震に向けた地震の評価と被害想定,およびその対策が検討されている.しかし,3つのプレートが入り組んでいる首都圏下の構造の詳細は明らかにはされておらず,地震の評価に必要な首都直下地震の発生場所やメカニズムはよくわかっていない.そこで我々は,ダイナミクスやテクトニクスの示唆に富む情報をもたらす「地震波異方性」という観点から,首都圏下のプレート構造の解明に着手した.本研究では,P波走時をデータとしたP波方位異方性の3次元速度構造解析を行った.

2.対象領域とデータ

 対象領域は,関東平野と房総半島を中心とした領域(北緯34.7~36.8度,東経138.5~141.5度)の深さ150 km以浅とした.解析に使用した地震,観測点,およびP波読み取り値の数は,それぞれ500観測点,1859地震,442960個である.なお,本研究では,Meso-net及びHi-netを中心とする基盤的地震観測網による地震波形記録を使用した.Meso-netは,5本の直線状(2~3 km間隔),および首都圏中心部(半径約80 km円内)における面状(4~10 km間隔)に分布する約296点の地震観測観測点で構成されている.そこで,対象領域中心部の構造は,水平方向には10 km,深さ方向ともには5 km間隔で求めた.また,初期震源パラメータは,防災科研で独自に決定された値を使用した.

3.解析と結果

 Ishise & Oda [2008] の方位異方性トモグラフィー法を用いてP波方位異方性(水平面内)の3次元速度構造(等方性構造,地震波が速く伝わる方向,異方性の強さ)を求めた.その結果,深さ約80 km以浅の領域において,信頼性の高い解が得られた.得られた構造に見られる大局的な特徴は,先行研究 [e.g., Matsubara et al., 2005,Ishise et al., 2015] と矛盾しない.ただし,方位異方性については,先行研究では認知できなかった幾つかの特徴的な構造がとらえられた.

 そのひとつが,東京湾および関東平野の下,深さ50 km以深においてNNE-SSE方向にP波が速く伝播する異方性領域が存在する点である.ここでは,①領域内の異方性の方向が非常によく揃っている,②異方性の強さが非常に強く,等方性不均質の摂動量と同程度かそれ以上ある,という特徴がみられる.この特徴的な異方性を示す領域は,PAC スラブと接するPHSスラブの下端のエッジ部分に位置しており,地震活動が活発で高速度異常を示すことから,PHSスラブマントルに相当すると考えられる.

 そこで,不均質構造などを手掛かりに,スラブマントルに相当すると思われる領域の異方性を追跡したところ,NNE-SSE異方性領域の西側では,南北の異方性がみられた.また,NNE-SSE異方性領域の直上の深さ30~50 kmでは,異方性の方向がNNE-SSE(深さ50 km)からNW-SE(深さ30 km)へと半時計回りに変化していることがわかった.さらに,NNE-SSE異方性領域直上の深さ30 kmで見られるNW-SE異方性は,西方,かつ浅部への広がりを示しており,深さ20 km付近の相模湾沿岸部にまで分布している.つまり,PHSスラブマントルの方位異方性が連続的な空間変化を示す.

 一般に,スラブマントルの異方性は,海洋底拡大時のマントル鉱物の選択配向,もしくは沈み込む際の曲げによる割れ目の形成で説明される.前者の場合,伊豆小笠原弧の走向に鑑みると,関東地方に沈み込んでいるフPHSプレートはおよそ東西方向に拡大して形成されたと推測されるので,東西傾向の方位異方性が期待される.一方,後者の場合,割れ目は沈み込み口の走向と平行に形成されるので,相模トラフの走向である西北西―東南東の異方性が期待される.これらは,浅部の異方性の方向を大まかには説明するが,深さ50 km以深で観測された異方性とは大きく食い違っており,一般的な論法でPHSスラブの異方性を説明することができない.

 このことは,首都圏下の構造が,方位異方性によるモデリングが適切でない環境にあることを意味しているのかもしれない.今後,対称軸の自由度を挙げた異方性の評価を行う必要がある.あるいは,首都圏下のプレート構造を理解する際には,これまでの沈み込み帯の概念の根本を変えて取り組む必要性があることを示唆しているのかもしれない.

謝辞:本研究は解析には,防災科学技術研究所Hi-netデータを使用させていただきました.本研究は,文部科学省受託研究「首都圏と中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト」の一環として実施しました.