日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS14] 地震発生の物理・断層のレオロジー

2019年5月29日(水) 13:45 〜 15:15 A05 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:岡崎 啓史(海洋研究開発機構)、向吉 秀樹(島根大学大学院総合理工学研究科地球資源環境学領域)、野田 博之(京都大学防災研究所)、吉田 圭佑(東北大学理学研究科附属地震噴火予知研究観測センター)、座長:野田 博之(京都大学防災研究所)、吉田 圭佑(東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻)

15:00 〜 15:15

[SSS14-24] 歪みエネルギーの蓄積・解放に基づく地殻内地震の発生メカニズムの解明

★招待講演

*野田 朱美1 (1.国立研究開発法人防災科学技術研究所)

キーワード:弾性歪みエネルギー、地殻内地震、弾性・非弾性歪み、背景応力場、2016年熊本地震

プレート境界地震の発生サイクルは、プレート境界のせん断応力の蓄積・解放過程という観点から基本的物理プロセスがモデル化されつつあるが、この枠組みをそのまま地殻内(内陸)地震のサイクルに適用することは難しい。ある応力場でのせん断応力を求めるには断層面を仮定する必要があるが、実際の地殻内の断層はプレート境界のように連続した明瞭な弱面ではないうえに、堆積層に覆われて既存の断層が知られていない場合もあるからである。

せん断歪みエネルギーは、断層面を特定できない状況下で地震発生のポテンシャルを評価するのに適したスカラー量である。このスカラー量は、地殻内のクラックがランダムな方向を向く場合の、クラックに働くせん断応力の平均値に対応する (Saito et al., 2018)。つまり、せん断歪みエネルギーの増加・減少は、地殻応力の蓄積・解放に対応すると言える。更に、断層すべりによる仕事はせん断歪みエネルギーの解放に対応することが示されているため(Aki & Richards, 1980; Matsu’ura et al., 2019)、せん断歪みエネルギーは地震の発生を規定する、より本質的な物理量と考えることができる。したがって、地殻内のせん断歪みエネルギーがどのように蓄積・解放しているかを明らかにすることは、地殻内地震の発生メカニズムを知るうえで有用である。本講演では、地殻内のせん断歪みエネルギーの蓄積・解放のイメージングに向けた取り組みを紹介する。

せん断歪みエネルギー変化は、弾性体の歪み―応力関係を仮定すると、背景応力場と応力変化のテンソルから計算できる。背景応力の絶対値を知ることは難しいため、Saito et al. (2018) では、背景応力場のレベルが応力変化よりも十分大きいという仮定の下、規格化した背景応力場(主応力軸方向・応力比)と応力変化を用いて、背景応力の大きさで規格化されたせん断歪みエネルギー変化の表現式を導いた。そして、南海トラフのプレート間カップリングに起因するせん断歪みエネルギー変化を計算し、内陸の地震発生層のせん断歪みエネルギーの増減が、西南日本の地震活動に有意な影響を与えていることを示した。

次に、この枠組みを地殻内のテクトニック・ゾーンに適用するため、弾性・非弾性歪み解析手法(Noda & Matsu’ura, 2010)を取り入れた手法を開発した(Noda et al., AGU)。具体的には、GNSS変位データの逆解析により、地殻変動の力源を地殻内の3次元モーメントテンソル密度分布として推定する。推定したモーメントテンソル密度分布から地殻内の3次元弾性・非弾性歪み分布が求まるので、このうちの弾性歪み分布に弾性定数をかけると応力変化を計算できる。そして、背景応力場を与えれば、地殻内の規格化したせん断歪みエネルギー変化が得られる。
本手法を2016年熊本地震時および地震前のGNSSデータに適用した。この際、背景応力場としてCMTデータインバージョンによる3次元テクトニック応力場(Terakawa & Matsu’ura, 2010)を用いた。まず、地震時のGNSS変位データに適用して、地震によるせん断歪みエネルギー変化を推定し、余震活動の空間パターンと相関があることを示した。次に、地震前(2005-2011年)のGNSS変位速度データに弾性・非弾性歪み解析手法を適用した結果、阿蘇山から九重山を結ぶラインに沿った北西側の地殻浅部に、非地震性の大きな非弾性変形(脆性破壊・塑性変形)があることが分かった。この非弾性変形に起因するせん断歪みエネルギー変化は、布田川断層の一部において増加(蓄積)、布田川断層の北東端で大きな減少(解放)を示した。断層端でのせん断歪みエネルギーの解放は、2016年熊本地震の断層破壊停止に関与した可能性がある。