[SSS14-P21] インバージョン法を用いた震源過程解析に見られる諸問題
キーワード:特異値分解、先験的情報、平滑化、L2 ノルム最小化、グリーン関数、赤池・ベイズ情報量規準
震源過程のインバージョン解析では,震源過程に対して先験的に得られた情報を用いることで,観測データに対する震源過程モデルの構築を安定化することができる.とくに観測データに対する先験的情報の重みの評価に赤池・ベイズ情報量規準(ABIC; Akaike, 1980) を用いることで,観測データがモデルを拘束する強さを一意に決めることができる.しかし,観測データ・先験的情報それぞれが拘束する像が,モデルでどのように発現するか把握しない限り,仮定した先験的情報とその重みの妥当性を評価することは難しい.モデルの拘束は, 震源過程モデルから観測データ・先験的情報を写像するカーネルが実行するため,カーネルの構成要素を基準にモデルを眺めることで,観測データ・先験的情報が拘束する像の特性を捉えることができる.そこで本研究は, 2016 年熊本地震(MW7.0) の震源過程に対する線形インバージョン解析において,カーネルを特異値分解して得られた特異値・特異ベクトルによりモデルを基底展開した. さらに,観測データに対する先験的情報の重みを ABIC 評価値より強化,および弱化したときの特異値・特異ベクトルの特徴を, モデルの平滑化条件およびL2 ノルム最小化条件をそれぞれ先験的情報とした場合で調べた.観測データ・先験的情報の誤差はガウス分布に従うとし,観測データに対する先験的情報の分散比を先験的情報の重みとした.観測データには,Global Seismographic Network 27 地点で記録された遠地実体波P 波速度波形の上下動成分を用いた.そして,断層破壊領域として仮定した長さ42 km,幅12 km の矩形領域に対して, 空間方向へ 2 km 間隔,時間方向へ0.3 秒間隔で与えた5 成分の基底モーメントテンソル(Kikuchi & Kanamori, 1991) の重みをモデルパラメターとした.5成分の基底モーメントテンソルをモデルの記述に用いることで,断層滑りと断層形状の時空間変化を同時に震源過程としてモデル化することができる(Shimizu et al., 2019, under review).
2016 年熊本地震では北西傾斜・北東走向の日奈久断層・布田川断層でそれぞれ,右横ずれ・正断層を伴う右横ずれの滑りが発生したことが,余震分布, 地表地震断層の露出位置・変位から示唆されている(Yoshida et al., 2016; Shirahama et al., 2016). 平滑化条件下の解析で推定されたモーメント速度テンソルの空間分布は, ABIC を用いた場合,破壊開始後5 秒で北東走向の右横ずれ滑り,破壊開始後9 秒で北東走向の正断層を伴う右横ずれ滑りを示し,余震分布・地表地震断層の特徴と整合的であった.一方, 先験的情報の重みを強めた場合では,破壊開始後5 秒において東西走向で北側隆起の垂直滑りが卓越し, 弱めた場合では,破壊開始後9 秒において逆断層滑りが見られたため, 余震分布・地表地震断層の特徴を説明できなかった. 平滑化条件下で特異値分解を行い, どのような因子がモデルを定めているか検討したところ, 先験的情報の重みを強めた場合は, グリーン関数(観測データのカーネル)の振幅特性を有する特異ベクトルが強調されたモデルが, 弱めた場合では, 先験的情報に対するカーネルが定める特異ベクトルの特性が反映されたモデルが得られていることがわかった. 観測データ・先験的情報に対するカーネルはそれぞれモデルを歪める因子を内包しており, 先験的情報の重みの強弱によりそれぞれの因子の発現の強弱が変化し, モデルが歪められる構造になっていた. L2 ノルム最小化条件下の解析で推定されたモーメント速度テンソルの空間分布は,ABIC を用いたにも関わらず破壊開始後5 秒において東西走向・北側隆起の垂直滑りが卓越していた.L2 ノルム最小化条件下では, グリーン関数から構築される特異値・特異ベクトルの特性が保持されているため,先験的情報の重みに関係なく,グリーン関数の振幅特性を有する特異ベクトルでモデルが強調されていた.
本研究から,平滑化条件下では, ABIC に基づいたインバージョン解析が, 観測データ・先験的情報が持つモデルを歪める因子の発現が顕著にならないように機能することがわかった.さらに,ノルム最小化条件を用いたインバージョン解析は,たとえABIC に基づいたとしても, グリーン関数の振幅特性がモデルが歪めるため, うまく機能しないことがわかった.
2016 年熊本地震では北西傾斜・北東走向の日奈久断層・布田川断層でそれぞれ,右横ずれ・正断層を伴う右横ずれの滑りが発生したことが,余震分布, 地表地震断層の露出位置・変位から示唆されている(Yoshida et al., 2016; Shirahama et al., 2016). 平滑化条件下の解析で推定されたモーメント速度テンソルの空間分布は, ABIC を用いた場合,破壊開始後5 秒で北東走向の右横ずれ滑り,破壊開始後9 秒で北東走向の正断層を伴う右横ずれ滑りを示し,余震分布・地表地震断層の特徴と整合的であった.一方, 先験的情報の重みを強めた場合では,破壊開始後5 秒において東西走向で北側隆起の垂直滑りが卓越し, 弱めた場合では,破壊開始後9 秒において逆断層滑りが見られたため, 余震分布・地表地震断層の特徴を説明できなかった. 平滑化条件下で特異値分解を行い, どのような因子がモデルを定めているか検討したところ, 先験的情報の重みを強めた場合は, グリーン関数(観測データのカーネル)の振幅特性を有する特異ベクトルが強調されたモデルが, 弱めた場合では, 先験的情報に対するカーネルが定める特異ベクトルの特性が反映されたモデルが得られていることがわかった. 観測データ・先験的情報に対するカーネルはそれぞれモデルを歪める因子を内包しており, 先験的情報の重みの強弱によりそれぞれの因子の発現の強弱が変化し, モデルが歪められる構造になっていた. L2 ノルム最小化条件下の解析で推定されたモーメント速度テンソルの空間分布は,ABIC を用いたにも関わらず破壊開始後5 秒において東西走向・北側隆起の垂直滑りが卓越していた.L2 ノルム最小化条件下では, グリーン関数から構築される特異値・特異ベクトルの特性が保持されているため,先験的情報の重みに関係なく,グリーン関数の振幅特性を有する特異ベクトルでモデルが強調されていた.
本研究から,平滑化条件下では, ABIC に基づいたインバージョン解析が, 観測データ・先験的情報が持つモデルを歪める因子の発現が顕著にならないように機能することがわかった.さらに,ノルム最小化条件を用いたインバージョン解析は,たとえABIC に基づいたとしても, グリーン関数の振幅特性がモデルが歪めるため, うまく機能しないことがわかった.