JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[E] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS07] 大気化学

コンビーナ:齋藤 尚子(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)、中山 智喜(長崎大学 大学院水産・環境科学総合研究科)、豊田 栄(東京工業大学物質理工学院)、内田 里沙(一般財団法人 日本自動車研究所)

[AAS07-P28] 氷表面の疑似液体層に取り込まれる硝酸ガス

*長嶋 剣1Josée Maurais2村田 憲一郎1古川 義純1Patrick Ayotte2佐崎 元1 (1.北海道大学低温科学研究所、2.シャーブルック大学)

キーワード:氷、疑似液体層、硝酸ガス、光学顕微鏡

氷表面は大気の酸性ガスが不均一反応する場として機能することが知られています。塩化水素ガスによるオゾン層破壊や、硝酸の光分解による窒素酸化物ガス(NOx)の生成といった化学反応は均一反応だけでは説明できません。加えて、融点近傍の氷表面は疑似液体層(QLL)と呼ばれる薄い水膜で覆われていることが知られています。疑似液体層は大気の不均一反応においても重要な役割を果たす可能性がありますが、nm厚みの疑似液体層は検出するだけで難しく具体的な事はわかっておりません。この研究では、共焦点微分干渉顕微鏡という高さ分解能に優れた特殊な光学顕微鏡[1]を用いることで氷ベーサル面の疑似液体層を直接観察しました。モデル大気ガスとして硝酸ガスを選択し、大気組成[2,3]に近いHNO3分圧(0, 10-4, 10-2 Pa)に窒素ガスを加えた一気圧下で疑似液体層の出現・消失温度を調べました[4]。

HNO3ガスの有無に関係なく、pure-QLLおよびHNO3-QLLは温度増加により出現し、温度減少により消失しました。pure-/HNO3-QLLの形状は、球形ドーム状で氷との接触角は約1°でした。すなわち、氷との接触面の直径が50 umの時に高さ100 nmに満たない非常に薄い液体層であることがわかりました。Pure-/HNO3-QLLの出現温度にはそれほど差がありませんでしたが(PHNO3が0, 10-4, 10-2 Paの時それぞれ-1.9, -0.5, -1.8 °C)、消失温度には差が見られました。Pure-QLLの消失温度(-2.2°C)は出現温度とほぼ同じでした。しかし、高い硝酸ガス分圧の条件(10-2 Pa)におけるHNO3-QLLの消失温度は-6.4 °Cであり、出現温度(-1.8 °C)とかなりの差がありました。出現・消失温度間の大きな熱ヒステリシスは、pure-/HNO3-QLLの消失メカニズムが異なっていたことを示唆しています。結論を先に述べると、HNO3-QLLは純水ではなく硝酸水溶液であり、HNO3-QLLと氷の結晶は平衡状態にあることがわかりました。その証拠とそこから説明される消失メカニズムを以下に示します。

まず、HNO3-QLLのサイズは温度を下げ始めた直後に小さくなることがわかりました。このような現象はpure-QLLでは確認されていません。HNO3-QLLの中のHNO3成分が比較的短い実験時間では一定であると仮定した場合、温度の低下に伴うHNO3-QLLの体積減少は、HNO3-QLLの硝酸濃度が増加することを意味します。HNO3-QLLと氷の結晶が平衡状態にあるならば、HNO3-H2O相平衡図より温度の関数として硝酸濃度が決定され、結果として体積がどの程度変化するかを計算することができます。計算された体積減少は、実験的に決定された体積減少とよく一致しました。

次に、HNO3-QLLが消失するもっともらしい原因の1つは、HNO3-QLLから硝酸成分が蒸発することです。溶液の平衡蒸気圧は通常温度が下がる程小さくなりますが、温度が下がるとHNO3-QLLの硝酸濃度が増加します。そのためHNO3-QLLの平衡蒸気圧Pe(HNO3)を計算すると、実験温度範囲では温度低下と共に増加することがわかりました。すなわち、温度低下のためPe(HNO3)が観測チャンバー内のPHNO3を超えたために、HNO3成分がHNO3-QLLから蒸発しHNO3-QLLが消失することがわかりました。

最近、我々は塩化水素ガス存在下におけるQLLの挙動について調べたところ[5,6]、HCl-QLLも塩酸水溶液であることがわかりました。この結果は、HNO3-QLLで見つかった結果と類似しています。したがって、硝酸や塩酸といった酸性ガスのある状況では、氷の結晶表面のQLLが大量の酸性ガス成分を捕捉する可能性があります。



[1] Sazaki et al. (2010) PNAS 107, 19702.

[2] Goldan et al. (1983) Atmos. Environ. 17, 1355.

[3] Hanke et al. (2003) Atmos. Chem. Phys. 3, 417.

[4] Nagashima et al. (2020) Crystals 10, 72.

[5] Nagashima et al. (2016) Cryst. Growth Des. 16, 2225.

[6] Nagashima et al. (2018) Cryst. Growth Des. 18, 4117.



この研究の詳細は論文[4]に示されています。また「A-CC39 雪氷学」「M-IS23 結晶成長・溶解」の各セッションでも、他の観点から見た硝酸QLLについての発表を致します。