[AHW34-01] 3H-3He地下水年代測定手法の開発と福島県沿岸部地下水への応用
★招待講演
キーワード:3H-3He年代測定法、滞留年代、地下水
【研究背景】
水資源として貴重な地下水が、どこを水源(涵養地)として、どの程度の時間をかけて利用地域まで流れてくるか、すなわち地下水流動系を明らかにする上で地下水の滞留年代は重要である。3H-3He (トリチウム-3ヘリウム)年代測定法は、数ヶ月から60年の地下水滞留時間を決定する方法の1つである。これは地下水中で3Hが半減期12.3年で3Heに放射壊変し、その3Heと残った3Hとの比から、年代を求める方法である。最大の利点は、降水初期3H濃度が湧出時の3Heと3H量の合計として直接決定されるため、降水初期の3H濃度を一義的に求めることができ、若い地下水の年代を正確に決定できることである[1]。3Hのみ定量する方法や他の年代測定では親同位体の初期濃度を仮定する必要があり、年代を一義的に決めることはできない。我々は、2011年の太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性核種による汚染が懸念される、福島県沿岸部の地下水流動系を3H-3He 法を用いて解明し、汚染状況を把握することを試みた[2]。このとき、最初に分析のために3Heを除去した水試料を一定時間密封保管し、その間に3Hの放射壊変により新たに生成した3Heを測定することで、その時点で試料中に存在する3Hを定量しようとしたが、3H定量の再現性も測定精度も不十分であったため、求めた滞留時間の信頼性が低く、結果の解釈ができなかった。そこで本研究では、3H濃度が既知の標準試料水を用いて3H濃度の決定精度を検証し、より信頼性の高い3H-3He 法の開発を目指した。その後、先行研究では正しく年代を決められなかった福島県地下水に新たな手法を適用し、年代を求めることを目的とした。
【実験手順及び測定法】
下記ステップで3H濃度既知の標準試料水を分析した。①脱ガス:試料水中に含まれる気体を超音波で抽出し、真空ポンプで除去する②保管:1ヶ月程度閉鎖系を保ちつつ試料を保管し、3Hの放射壊変により生じる3Heを蓄積させる③3He分析:蓄積した3Heを抽出、精製して希ガス用質量分析計で測定する。得られた3He量、保管期間、3Hの崩壊定数から3H濃度を求めた。精度検証後、福島県沿岸地域の地下水試料を測定した。
【結果と考察】
3H - 3He法において、3Hを求めるためには①の脱ガスで十分にガスを除去することや、②の保管中に閉鎖系を保ち、ガス混入を防ぐことが大切である。仮に脱ガス後の試料にHeが残っていたとしても、その同位体比 (3He/4He)は大気の値(1.4×10-6)であり、これに3Hの壊変由来の3Heが加わるため、3He/4Heは大気よりも高い値を示すはずである。しかし、従来の手順で測定した試料では、4He量が多く3He/4He比が大気と同程度か、それ以下であった。これは、4Heに富むHeガスボンベが実験室のある建物内で多数使われているために、実験室中の空気の3He/4Heが大気よりも低く、それが混入したことによると考えられた。そこで、保管をせずに脱ガス後直ちに分析をしたところ、4He量は低い値を示した。このことから保管中に徐々に大気が混入し、3Hの壊変で生じた微量の3Heの増分が検出できなくなることが考えられたため、これを防ぐために器具の改良を行った。具体的には、銅管を密閉する金属クランプの幅を狭めることと、デシケーターで真空保管することを実施した。4He量は改良前よりも減少し、3He/4Heが大気の値よりも高い値を示したことから大気の混入を概ね防ぐことができたことが分かった。しかし得られた3H濃度の精度は依然として低く、これは3H由来以外の3He(精製ラインのブランクと大気由来)の影響が大きいことが原因であったため、保管期間を2ヶ月に延長し、3Hから生成する3He量を増やし、相対的にそれらの影響を抑えた結果、正しく3Hを決定できるようになった。これらの改良ののち、福島県の地下水11地点、16試料に3H - 3He法を適用した。そのうち2地点で滞留年代と3H濃度が決定でき、また6地点は3H - 3He法の適用範囲外の古い年代の地下水(60年以上)であることが判明した。年代を決定できた試料は先行研究の14C年代測定の結果と整合的であり、信頼性のある年代と言える。また、そのうち1試料は原発事故の影響が示唆されたが、人体に影響を及ぼすレベルではないことが明らかとなった。
【参考文献】
[1] Y.Mahara et al., J. Groundwater Hydrology., 35, 201-215 (1993). [2] M.Sakuraba et al., Goldschmidt 2017 abstract (2017).
水資源として貴重な地下水が、どこを水源(涵養地)として、どの程度の時間をかけて利用地域まで流れてくるか、すなわち地下水流動系を明らかにする上で地下水の滞留年代は重要である。3H-3He (トリチウム-3ヘリウム)年代測定法は、数ヶ月から60年の地下水滞留時間を決定する方法の1つである。これは地下水中で3Hが半減期12.3年で3Heに放射壊変し、その3Heと残った3Hとの比から、年代を求める方法である。最大の利点は、降水初期3H濃度が湧出時の3Heと3H量の合計として直接決定されるため、降水初期の3H濃度を一義的に求めることができ、若い地下水の年代を正確に決定できることである[1]。3Hのみ定量する方法や他の年代測定では親同位体の初期濃度を仮定する必要があり、年代を一義的に決めることはできない。我々は、2011年の太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性核種による汚染が懸念される、福島県沿岸部の地下水流動系を3H-3He 法を用いて解明し、汚染状況を把握することを試みた[2]。このとき、最初に分析のために3Heを除去した水試料を一定時間密封保管し、その間に3Hの放射壊変により新たに生成した3Heを測定することで、その時点で試料中に存在する3Hを定量しようとしたが、3H定量の再現性も測定精度も不十分であったため、求めた滞留時間の信頼性が低く、結果の解釈ができなかった。そこで本研究では、3H濃度が既知の標準試料水を用いて3H濃度の決定精度を検証し、より信頼性の高い3H-3He 法の開発を目指した。その後、先行研究では正しく年代を決められなかった福島県地下水に新たな手法を適用し、年代を求めることを目的とした。
【実験手順及び測定法】
下記ステップで3H濃度既知の標準試料水を分析した。①脱ガス:試料水中に含まれる気体を超音波で抽出し、真空ポンプで除去する②保管:1ヶ月程度閉鎖系を保ちつつ試料を保管し、3Hの放射壊変により生じる3Heを蓄積させる③3He分析:蓄積した3Heを抽出、精製して希ガス用質量分析計で測定する。得られた3He量、保管期間、3Hの崩壊定数から3H濃度を求めた。精度検証後、福島県沿岸地域の地下水試料を測定した。
【結果と考察】
3H - 3He法において、3Hを求めるためには①の脱ガスで十分にガスを除去することや、②の保管中に閉鎖系を保ち、ガス混入を防ぐことが大切である。仮に脱ガス後の試料にHeが残っていたとしても、その同位体比 (3He/4He)は大気の値(1.4×10-6)であり、これに3Hの壊変由来の3Heが加わるため、3He/4Heは大気よりも高い値を示すはずである。しかし、従来の手順で測定した試料では、4He量が多く3He/4He比が大気と同程度か、それ以下であった。これは、4Heに富むHeガスボンベが実験室のある建物内で多数使われているために、実験室中の空気の3He/4Heが大気よりも低く、それが混入したことによると考えられた。そこで、保管をせずに脱ガス後直ちに分析をしたところ、4He量は低い値を示した。このことから保管中に徐々に大気が混入し、3Hの壊変で生じた微量の3Heの増分が検出できなくなることが考えられたため、これを防ぐために器具の改良を行った。具体的には、銅管を密閉する金属クランプの幅を狭めることと、デシケーターで真空保管することを実施した。4He量は改良前よりも減少し、3He/4Heが大気の値よりも高い値を示したことから大気の混入を概ね防ぐことができたことが分かった。しかし得られた3H濃度の精度は依然として低く、これは3H由来以外の3He(精製ラインのブランクと大気由来)の影響が大きいことが原因であったため、保管期間を2ヶ月に延長し、3Hから生成する3He量を増やし、相対的にそれらの影響を抑えた結果、正しく3Hを決定できるようになった。これらの改良ののち、福島県の地下水11地点、16試料に3H - 3He法を適用した。そのうち2地点で滞留年代と3H濃度が決定でき、また6地点は3H - 3He法の適用範囲外の古い年代の地下水(60年以上)であることが判明した。年代を決定できた試料は先行研究の14C年代測定の結果と整合的であり、信頼性のある年代と言える。また、そのうち1試料は原発事故の影響が示唆されたが、人体に影響を及ぼすレベルではないことが明らかとなった。
【参考文献】
[1] Y.Mahara et al., J. Groundwater Hydrology., 35, 201-215 (1993). [2] M.Sakuraba et al., Goldschmidt 2017 abstract (2017).