[AOS27-05] 栄養塩をトレーサーとした日本海中層水に含まれる淡水起源の推定
キーワード:日本海中層水、長江希釈水、リマン海流
1.緒言
日本海の表層には高温・高塩分の対馬暖流水が流れ、深層には低温の日本海固有水が存在している。この両水塊の間の水温1-5℃、ポテンシャル密度1027.0-1027.3 kgm-3付近に存在する塩分極小層は、日本海中層水(Japan Sea Intermediate Water; 以下JSIW)と呼ばれている。JSIWは溶存酸素が豊富なことから更新間隔が短く、近年の大気・海洋場の変動を鋭敏に反映しているとみられる。
JSIWの低塩分の起源はロシア沿岸を南進するリマン海流に含まれるアムール川の流出水だと考えられていた(Yoshikawa et al., 1999; Yoon and Kawamura, 2002)。しかし、Park and Lim (2017)はアルゴフロートと表面ドリフターの観測結果から、夏に対馬海峡から流入する長江希釈水(Changjiang Diluted Water; 以下CDW)がJSIWの低塩分起源であるという説を新たに提唱した。
著者らは日本海中層水の塩分が2010年代に入り過去20年で最も低くなっていること、加えて夏に対馬海峡を通過する淡水量が多いと翌年JSIWの塩分が下がりやすいことから、JSIWの低塩分起源としてCDWが関係するという発表を行った(小杉他、2017)。しかし、リマン海流の影響については、日本海ロシア沿岸のデータの少なさから検証を行うことができなかった。
本発表では既発表の内容に新たに各種データを加えた上、水塊のトレーサーとして生物化学パラメータを利用することでJSIWの低塩分の起源を特定する。さらに、このトレーサーを用いて2010年代にみられたJSIWの低塩分化が当時の海洋場と比較して妥当であるかについて議論を行う。
2.手法
解析に使用したデータは以下の通り。
気象庁観測船データ: 気象庁観測船が1997-2016年に行った日本海の北緯36度以北におけるCTDデータ及び採水データ
リマン海流域データ: アメリカ船とロシア船が1999-2001年にかけて行った採水データ (Talley et al., 2006)
海洋再解析: FORA-WNP30の塩分、流速
アルゴフロートデータ: Advanced automatic QC Argo Data (Sato, 2014)
3.結果
水塊のトレーサ―として、見かけの酸素消費量(Appearent Oxygen Utilization; 以下AOU)とリン酸塩濃度(以下PO4)の関係を利用した。JSIWに相当するポテンシャル水温1-5℃におけるAOUとPO4の関係を図に示す。水塊が大気と接しているとき、海水中の酸素は飽和に近くAOU≒0である。水塊が大気との接触を断たれると、有機物の分解により酸素が消費されAOUは増加し、リン酸塩が放出される。このときのAOUとPO4の量的な比はほぼ一定であるため、両者の間には良好な直線関係が得られるはずである。しかし、JSIW中のPO4は同程度のAOUでも差がみられた。この差は低AOU域で大きいことから、水塊の形成時に生じたものであると推定された。そこで水塊が形成される冬季のAOUとPO4の関係をリマン海流とCDWで比較したところ、AOU≒0におけるPO4はリマン海流で高く(0.6-0.8 μmol kg-1)、CDWでは低かった(0.2-0.4 μmol kg-1)。
2009年のJSIWにおけるAOUとPO4の関係は、概ねリマン海流のそれを延長した線上にあったことから、JSIWはリマン海流の水を主成分としていると推測される。ただし、低AOU(<50 μmol kg-1)域にはAOUの割にPO4が低く、CDWの影響が及んでいる水もみられた。
2016年は全体的にAOUに対してPO4が小さく、JSIW中に占めるCDWの割合が2009年よりも大きくなっていた。また、AOUとPO4が同程度の水を2009年と2016年で比較すると、2016年の方が塩分が低く、CDW自体の塩分も低下していたことがJSIWの低塩化の一因であったとみられる。
2010年代のJSIWの低塩化がCDWによって起こされたことを裏付けるために、JSIWの塩分が大きく低下した2011年、2013年、2016年の3年について前年夏からの海洋場を解析した。夏季にCDWによって対馬海峡を通過する淡水量をFORA-WNP30を使って計算したところ、いずれの年も流入淡水量は平均よりも大きかった。さらに、アルゴフロートの観測結果は秋から冬にかけての日本海南部の表面塩分が例年より低くなっていたことを示した。CDWによる低塩化は夏から翌冬にかけて継続し、冬季に形成されるJSIWの塩分にも影響し得ると確認できた。
本研究はこれまでJSIWの淡水起源として挙げられていたリマン海流とCDWは、両方ともJSIWに含まれており、その構成比は年々変動していることを明らかにした。また、2010年代のJSIWの低塩化は対馬海峡を通過する淡水量の増加により塩分が低下したCDWが、JSIW中に多く含まれることで起こったと考えられる。
参考文献
小杉他、日本海洋学会2017年度秋季大会
Park, J.J., and Lim B., Progress in Oceanography, 2017.
Sato, K. JAMSTEC, 2014.
Talley, L., et al., Oceanography, 19, 2006
Yoon, J.H., and Kawamura, H., J. Oceanogr., 58, 2002.
Yoshikawa, Y., Awaji, T., and Akito, K., J. Phys. Oceanogr., 29, 1999.
図説明
左: 2009年、右: 2016年のJSIW(水温1.0-5.0℃)におけるAOUとPO4、色は塩分を示す。×はCDW域(日本海の北緯36-39度)、+はリマン海流域(日本海の北緯41度以北、東経137度以西)における冬季(1-3月)の塩分34未満の低塩分水の観測結果。
日本海の表層には高温・高塩分の対馬暖流水が流れ、深層には低温の日本海固有水が存在している。この両水塊の間の水温1-5℃、ポテンシャル密度1027.0-1027.3 kgm-3付近に存在する塩分極小層は、日本海中層水(Japan Sea Intermediate Water; 以下JSIW)と呼ばれている。JSIWは溶存酸素が豊富なことから更新間隔が短く、近年の大気・海洋場の変動を鋭敏に反映しているとみられる。
JSIWの低塩分の起源はロシア沿岸を南進するリマン海流に含まれるアムール川の流出水だと考えられていた(Yoshikawa et al., 1999; Yoon and Kawamura, 2002)。しかし、Park and Lim (2017)はアルゴフロートと表面ドリフターの観測結果から、夏に対馬海峡から流入する長江希釈水(Changjiang Diluted Water; 以下CDW)がJSIWの低塩分起源であるという説を新たに提唱した。
著者らは日本海中層水の塩分が2010年代に入り過去20年で最も低くなっていること、加えて夏に対馬海峡を通過する淡水量が多いと翌年JSIWの塩分が下がりやすいことから、JSIWの低塩分起源としてCDWが関係するという発表を行った(小杉他、2017)。しかし、リマン海流の影響については、日本海ロシア沿岸のデータの少なさから検証を行うことができなかった。
本発表では既発表の内容に新たに各種データを加えた上、水塊のトレーサーとして生物化学パラメータを利用することでJSIWの低塩分の起源を特定する。さらに、このトレーサーを用いて2010年代にみられたJSIWの低塩分化が当時の海洋場と比較して妥当であるかについて議論を行う。
2.手法
解析に使用したデータは以下の通り。
気象庁観測船データ: 気象庁観測船が1997-2016年に行った日本海の北緯36度以北におけるCTDデータ及び採水データ
リマン海流域データ: アメリカ船とロシア船が1999-2001年にかけて行った採水データ (Talley et al., 2006)
海洋再解析: FORA-WNP30の塩分、流速
アルゴフロートデータ: Advanced automatic QC Argo Data (Sato, 2014)
3.結果
水塊のトレーサ―として、見かけの酸素消費量(Appearent Oxygen Utilization; 以下AOU)とリン酸塩濃度(以下PO4)の関係を利用した。JSIWに相当するポテンシャル水温1-5℃におけるAOUとPO4の関係を図に示す。水塊が大気と接しているとき、海水中の酸素は飽和に近くAOU≒0である。水塊が大気との接触を断たれると、有機物の分解により酸素が消費されAOUは増加し、リン酸塩が放出される。このときのAOUとPO4の量的な比はほぼ一定であるため、両者の間には良好な直線関係が得られるはずである。しかし、JSIW中のPO4は同程度のAOUでも差がみられた。この差は低AOU域で大きいことから、水塊の形成時に生じたものであると推定された。そこで水塊が形成される冬季のAOUとPO4の関係をリマン海流とCDWで比較したところ、AOU≒0におけるPO4はリマン海流で高く(0.6-0.8 μmol kg-1)、CDWでは低かった(0.2-0.4 μmol kg-1)。
2009年のJSIWにおけるAOUとPO4の関係は、概ねリマン海流のそれを延長した線上にあったことから、JSIWはリマン海流の水を主成分としていると推測される。ただし、低AOU(<50 μmol kg-1)域にはAOUの割にPO4が低く、CDWの影響が及んでいる水もみられた。
2016年は全体的にAOUに対してPO4が小さく、JSIW中に占めるCDWの割合が2009年よりも大きくなっていた。また、AOUとPO4が同程度の水を2009年と2016年で比較すると、2016年の方が塩分が低く、CDW自体の塩分も低下していたことがJSIWの低塩化の一因であったとみられる。
2010年代のJSIWの低塩化がCDWによって起こされたことを裏付けるために、JSIWの塩分が大きく低下した2011年、2013年、2016年の3年について前年夏からの海洋場を解析した。夏季にCDWによって対馬海峡を通過する淡水量をFORA-WNP30を使って計算したところ、いずれの年も流入淡水量は平均よりも大きかった。さらに、アルゴフロートの観測結果は秋から冬にかけての日本海南部の表面塩分が例年より低くなっていたことを示した。CDWによる低塩化は夏から翌冬にかけて継続し、冬季に形成されるJSIWの塩分にも影響し得ると確認できた。
本研究はこれまでJSIWの淡水起源として挙げられていたリマン海流とCDWは、両方ともJSIWに含まれており、その構成比は年々変動していることを明らかにした。また、2010年代のJSIWの低塩化は対馬海峡を通過する淡水量の増加により塩分が低下したCDWが、JSIW中に多く含まれることで起こったと考えられる。
参考文献
小杉他、日本海洋学会2017年度秋季大会
Park, J.J., and Lim B., Progress in Oceanography, 2017.
Sato, K. JAMSTEC, 2014.
Talley, L., et al., Oceanography, 19, 2006
Yoon, J.H., and Kawamura, H., J. Oceanogr., 58, 2002.
Yoshikawa, Y., Awaji, T., and Akito, K., J. Phys. Oceanogr., 29, 1999.
図説明
左: 2009年、右: 2016年のJSIW(水温1.0-5.0℃)におけるAOUとPO4、色は塩分を示す。×はCDW域(日本海の北緯36-39度)、+はリマン海流域(日本海の北緯41度以北、東経137度以西)における冬季(1-3月)の塩分34未満の低塩分水の観測結果。