[G02-P04] 小学校における断層教育の事例報告
-心の減災効果を加味した防災教育の検討に向けて-
キーワード:小学校、教育、心の減災、熊本地震
はじめに
一般的に、被災地を中心として行われている防災教育は被災体験の伝承を中心としている。この教育の難点は、世代交代によって被災経験者が減少し、活動が低下していく点にある。
一方、災害の原因となる地学現象そのものは普遍的に存在するものである。そのため、この地学現象の教育を基軸として、その結果として想定される災害を付加的に教育すると、「原因=地学現象」と「結果=自然災害」を一つにまとめた継続的な防災教育が可能となる。このような教育は現在の理科教育でも意図されている内容であり、その実践例を元に効果的な教育手法の指針を定め、改善策を模索するのが現実的であろう。
本研究では地震を対象として、小学校で実施された断層教育および、その被災時への影響に関する実例(中川、2017)を通じて、防災教育で重視すべき点を検討する。また、防災教育で期待される新たな成果として「地学現象の知識を事前に得ることで、被災時における心理的ストレスが軽減される」点にも言及する。
断層教育の実例
中川(2017、JpGU)によると、熊本県益城町A小学校では2000年頃、理科の専任教員であるX教諭が6年の授業において、小学校の直下にある布田川断層を教えていた。その教え子たちが約20年後に熊本地震で被災した際、熊本地震を引き起こしたのがその布田川断層だった、と思い出したことで気持ちが落ち着いた、ということである。本事例は
・理科の授業内容が実際の被災時に具体的な効果をもたらした点
・地学現象の知識が「心の減災」への効果を示した点
で注目に値する。
この事例を他の教育現場に実装するには、学術的観点から本事例の重要点を抽出し、各教育現場に適した内容として採用するための指針を示す必要がある。そのため本研究では、授業を担当したX教諭へのインタビューを行い、断層教育実施の動機や具体的な実施内容を確認した。その結果、X教諭が授業で重視していた点として、
・自分達の住む土地がどのようにできたか知る
・地球のダイナミックさを伝える
・野外等での観察を通じて、地学現象のスケールの大きさを実感する
が挙げられた。その上で、教え子たちに影響を与えたと思われる点として、以下の3点が明らかとなった。
1.阪神淡路大震災の発生や自宅購入などのきっかけにより、X教諭自身が断層や地震を実生活と関係づけて考えていた
2.地域の地層の形成に合わせた授業を行ったことで、結果的に当時の学習指導要領外の内容(地震など)も含まれた
3.山を自分の足で歩いて登り、地層の大きさ等を体感するなど、児童たちが地学現象の要点を体感できるような授業が行われていた
これらに加えて、X教諭が理科専任教員であったことも、間接的に効果をもたらした可能性がある。なお、この断層教育は通常の理科の授業時間数の範囲内で実施された。
今後、効果的な教育手法の検討にあたっては、本事例特有の要素(X教諭による効果的な断層教育の実施、直に地学的環境に接することが可能な益城町の自然環境など)を考慮しつつ、効果的な断層教育を実施できる教育環境の整備(専任化など)や地学的環境に触れる機会の整備など、一般に適用可能な要素へと置き換える必要がある。
また、「心の減災効果」については、事前の地学教育(地震や断層に関する教育)から被災時のストレス軽減に至る心理的プロセスを別途明らかにする必要がある。そのため、ストレス軽減への心理的プロセスの中で地学的な重要点がどのような役割を果たすのか、心理学者との共同研究を実施する。従来、被災時における心理的ストレスの問題に対しては、心身の不調が生じた後に心理的なケアが行われてきたが、事前の教育によって被災時の心理的なストレスを減少、緩和できれば理想的である。そのため、本事例は心理学的にも重要であり、現在提唱されている心理学的な事前教育(松本・他、2014)に加えて、教育現場で実施可能な形式になるよう、具体的手法の検討が望まれる。
なお、上記の内容は学校教育に焦点を絞っているが、地域全体の災害対応力を向上させるには、一般市民を対象とした防災教育も重要な課題である。例えば、本事例のような「地学現象の理解+心の減災」を軸とした防災教育を構築し、特に被災時にストレスを抱えやすい立場の住民(例えば、住民対応をする自治体等の職員、園児・児童・生徒をあずかる保育所・学校等の教職員、病院の職員など)を中心として教育内容を身につけておくと、地域社会全体にとって有効と考えられる(光井、2018)。
引用文献
中川和之, 断層教育がもたらした地震に立ち向かうエネルギー, 日本地球惑星科学連合2017年大会予稿集, G02-P03, 2017.
松本真理子, 窪田由紀, 吉武久美, 坪井裕子, 鈴木美樹江, 森田美弥子, 児童生徒を対象とした心の減災能力育成に関する研究―現状調査とプログラム開発を中心に―, 東海心理学研究, 8, pp.2-11, 2014.
光井能麻, こころで備える地震学:考える材料を得て恐怖を軽減, 日本地震学会2018年秋季大会予稿集, S20-10, 2018.
一般的に、被災地を中心として行われている防災教育は被災体験の伝承を中心としている。この教育の難点は、世代交代によって被災経験者が減少し、活動が低下していく点にある。
一方、災害の原因となる地学現象そのものは普遍的に存在するものである。そのため、この地学現象の教育を基軸として、その結果として想定される災害を付加的に教育すると、「原因=地学現象」と「結果=自然災害」を一つにまとめた継続的な防災教育が可能となる。このような教育は現在の理科教育でも意図されている内容であり、その実践例を元に効果的な教育手法の指針を定め、改善策を模索するのが現実的であろう。
本研究では地震を対象として、小学校で実施された断層教育および、その被災時への影響に関する実例(中川、2017)を通じて、防災教育で重視すべき点を検討する。また、防災教育で期待される新たな成果として「地学現象の知識を事前に得ることで、被災時における心理的ストレスが軽減される」点にも言及する。
断層教育の実例
中川(2017、JpGU)によると、熊本県益城町A小学校では2000年頃、理科の専任教員であるX教諭が6年の授業において、小学校の直下にある布田川断層を教えていた。その教え子たちが約20年後に熊本地震で被災した際、熊本地震を引き起こしたのがその布田川断層だった、と思い出したことで気持ちが落ち着いた、ということである。本事例は
・理科の授業内容が実際の被災時に具体的な効果をもたらした点
・地学現象の知識が「心の減災」への効果を示した点
で注目に値する。
この事例を他の教育現場に実装するには、学術的観点から本事例の重要点を抽出し、各教育現場に適した内容として採用するための指針を示す必要がある。そのため本研究では、授業を担当したX教諭へのインタビューを行い、断層教育実施の動機や具体的な実施内容を確認した。その結果、X教諭が授業で重視していた点として、
・自分達の住む土地がどのようにできたか知る
・地球のダイナミックさを伝える
・野外等での観察を通じて、地学現象のスケールの大きさを実感する
が挙げられた。その上で、教え子たちに影響を与えたと思われる点として、以下の3点が明らかとなった。
1.阪神淡路大震災の発生や自宅購入などのきっかけにより、X教諭自身が断層や地震を実生活と関係づけて考えていた
2.地域の地層の形成に合わせた授業を行ったことで、結果的に当時の学習指導要領外の内容(地震など)も含まれた
3.山を自分の足で歩いて登り、地層の大きさ等を体感するなど、児童たちが地学現象の要点を体感できるような授業が行われていた
これらに加えて、X教諭が理科専任教員であったことも、間接的に効果をもたらした可能性がある。なお、この断層教育は通常の理科の授業時間数の範囲内で実施された。
今後、効果的な教育手法の検討にあたっては、本事例特有の要素(X教諭による効果的な断層教育の実施、直に地学的環境に接することが可能な益城町の自然環境など)を考慮しつつ、効果的な断層教育を実施できる教育環境の整備(専任化など)や地学的環境に触れる機会の整備など、一般に適用可能な要素へと置き換える必要がある。
また、「心の減災効果」については、事前の地学教育(地震や断層に関する教育)から被災時のストレス軽減に至る心理的プロセスを別途明らかにする必要がある。そのため、ストレス軽減への心理的プロセスの中で地学的な重要点がどのような役割を果たすのか、心理学者との共同研究を実施する。従来、被災時における心理的ストレスの問題に対しては、心身の不調が生じた後に心理的なケアが行われてきたが、事前の教育によって被災時の心理的なストレスを減少、緩和できれば理想的である。そのため、本事例は心理学的にも重要であり、現在提唱されている心理学的な事前教育(松本・他、2014)に加えて、教育現場で実施可能な形式になるよう、具体的手法の検討が望まれる。
なお、上記の内容は学校教育に焦点を絞っているが、地域全体の災害対応力を向上させるには、一般市民を対象とした防災教育も重要な課題である。例えば、本事例のような「地学現象の理解+心の減災」を軸とした防災教育を構築し、特に被災時にストレスを抱えやすい立場の住民(例えば、住民対応をする自治体等の職員、園児・児童・生徒をあずかる保育所・学校等の教職員、病院の職員など)を中心として教育内容を身につけておくと、地域社会全体にとって有効と考えられる(光井、2018)。
引用文献
中川和之, 断層教育がもたらした地震に立ち向かうエネルギー, 日本地球惑星科学連合2017年大会予稿集, G02-P03, 2017.
松本真理子, 窪田由紀, 吉武久美, 坪井裕子, 鈴木美樹江, 森田美弥子, 児童生徒を対象とした心の減災能力育成に関する研究―現状調査とプログラム開発を中心に―, 東海心理学研究, 8, pp.2-11, 2014.
光井能麻, こころで備える地震学:考える材料を得て恐怖を軽減, 日本地震学会2018年秋季大会予稿集, S20-10, 2018.