[HDS08-11] S-net水圧観測網が観測した2016年11月22日福島沖地震 (Mw7.0) に伴う津波の解析:非津波起因の圧力変動ノイズの影響の低減に向けて
キーワード:S-net、津波、海底圧力計、ノイズ
2011年東北地方太平洋沖地震の発生を受け,日本海溝地震津波観測網 (Seafloor observation network for earthquakes and tsunamis along the Japan Trench; S-net) が防災科学技術研究所により構築された (Kanazawa et al. 2016).本観測網には米国Paroscieitific社製のDigiquartz Series 8B 水圧センサ (8B7000 または 8B8000) が採用されており,冗長性のため1観測点につき2台のセンサを備えている.センサは保護のため直接海水には曝露されておらず,オイルで充填された金属製の筐体内に収容されている.本観測網が構築されてから地震に伴う津波がいくつか観測されているが,そのうち最大のものは2016年11月22日に福島県沖で発生したMw 7.0の地震(Gusman et al. 2017; Suppasri et al. 2017; Nakata et al. 2019) である.本発表ではこの地震に伴うS-net圧力記録に見られる特徴を整理し,それらの性質について検討を行った.
S-net水圧記録から潮汐成分を除去したところ,津波に伴う圧力変動 (振幅40cm程度) を確認できた.いくつかの観測点では線形ドリフトを含んでいた (数hPa/hour) が,これはParoscientific社製センサでの長期ドリフトレート (~8.8 hPa/year, Polster et al. 2009) よりはるかに大きい.さらに,震源域ごく近傍のいくつかの観測点では,地震直後に大きなステップ状の圧力オフセットの変化が記録された.例えば,観測点S2N15 (震央距離約60km) では約30hPaの増圧が記録された.圧力オフセットの変化は一般に海底地殻変動によるものと解釈される (地殻変動に換算して30cmの沈降) が,震源域から離れた観測点でこのような地殻変動が生じるとは考えられないため,地殻変動に由来するものではないと思われる.
続いて,圧力ステップ変化が見られた観測点において2つの水圧センサの記録を比較した.併設の加速度計の記録から地震前後でセンサが大きく回転したことが明らかになった観測点 (Takagi et al. 2019) では両者のオフセット量に差が見られた.また,センサの回転が見られなかった大半の観測点ではオフセット量はよく一致した.例えば,上述の観測点S2N15では加速度計の記録から5.88°の回転があった (Takagi et al. 2019) が,一方のセンサでは約30 hPaの増圧,もう一方は約37 hPaの増圧であった.Chadwick et al. (2006) はParoscientific社製センサの圧力オフセット値が円筒状のセンサのロール方向の回転に依存し,センサが10°回転すると最大で5hPa程度の圧力オフセットの変化が生じると指摘している.回転が大きかった観測点での2つのセンサの圧力オフセット量の違いは,回転角に対するセンサごとの感度の違いに由来する可能性がある.また,センサの回転に対するオフセット変化量が2つのセンサで完全に一致するとは考えづらいため,オフセット変化の原因は水圧センサ単体ではなく,筐体を含む観測システム全体にもある可能性を示唆する.
最後に,このような非津波性のシグナルを多く含む水圧記録が津波の解析にどの程度有用なのかを検討するため,波形逆解析により初期海面高分布の推定を試みた.長周期なドリフトの影響を避けるため,100-3600秒のバンドパスフィルタを適用した波形を用い,ステップの影響を軽減するために水圧波形を時間微分した波形を用いた (Kubota et al. 2018の手法).また,観測波形を目視で確認し,津波と思われる部分を解析に使用した.その結果,得られた分布は正断層型メカニズム解と調和的な分布となった.つまり,非津波成分をS-netの津波記録が含んでいたとしても,適切な解析を行うことにより波源分布を推定可能である.また,推定された津波波源は長軸方向に約30km程度の広がりを持っていた.Global CMT解およびスケーリング則 (Wells and Coppersmith 1991) に基づいて仮定された矩形断層モデルから計算される広がり (~40km) よりも有意に小さく,この地震の断層は一般的な断層よりも小さい面積を持っている可能性が示唆される.
【謝辞】地震時の最大加速度,回転角のデータは東北大の高木涼太氏に提供いただきました.
S-net水圧記録から潮汐成分を除去したところ,津波に伴う圧力変動 (振幅40cm程度) を確認できた.いくつかの観測点では線形ドリフトを含んでいた (数hPa/hour) が,これはParoscientific社製センサでの長期ドリフトレート (~8.8 hPa/year, Polster et al. 2009) よりはるかに大きい.さらに,震源域ごく近傍のいくつかの観測点では,地震直後に大きなステップ状の圧力オフセットの変化が記録された.例えば,観測点S2N15 (震央距離約60km) では約30hPaの増圧が記録された.圧力オフセットの変化は一般に海底地殻変動によるものと解釈される (地殻変動に換算して30cmの沈降) が,震源域から離れた観測点でこのような地殻変動が生じるとは考えられないため,地殻変動に由来するものではないと思われる.
続いて,圧力ステップ変化が見られた観測点において2つの水圧センサの記録を比較した.併設の加速度計の記録から地震前後でセンサが大きく回転したことが明らかになった観測点 (Takagi et al. 2019) では両者のオフセット量に差が見られた.また,センサの回転が見られなかった大半の観測点ではオフセット量はよく一致した.例えば,上述の観測点S2N15では加速度計の記録から5.88°の回転があった (Takagi et al. 2019) が,一方のセンサでは約30 hPaの増圧,もう一方は約37 hPaの増圧であった.Chadwick et al. (2006) はParoscientific社製センサの圧力オフセット値が円筒状のセンサのロール方向の回転に依存し,センサが10°回転すると最大で5hPa程度の圧力オフセットの変化が生じると指摘している.回転が大きかった観測点での2つのセンサの圧力オフセット量の違いは,回転角に対するセンサごとの感度の違いに由来する可能性がある.また,センサの回転に対するオフセット変化量が2つのセンサで完全に一致するとは考えづらいため,オフセット変化の原因は水圧センサ単体ではなく,筐体を含む観測システム全体にもある可能性を示唆する.
最後に,このような非津波性のシグナルを多く含む水圧記録が津波の解析にどの程度有用なのかを検討するため,波形逆解析により初期海面高分布の推定を試みた.長周期なドリフトの影響を避けるため,100-3600秒のバンドパスフィルタを適用した波形を用い,ステップの影響を軽減するために水圧波形を時間微分した波形を用いた (Kubota et al. 2018の手法).また,観測波形を目視で確認し,津波と思われる部分を解析に使用した.その結果,得られた分布は正断層型メカニズム解と調和的な分布となった.つまり,非津波成分をS-netの津波記録が含んでいたとしても,適切な解析を行うことにより波源分布を推定可能である.また,推定された津波波源は長軸方向に約30km程度の広がりを持っていた.Global CMT解およびスケーリング則 (Wells and Coppersmith 1991) に基づいて仮定された矩形断層モデルから計算される広がり (~40km) よりも有意に小さく,この地震の断層は一般的な断層よりも小さい面積を持っている可能性が示唆される.
【謝辞】地震時の最大加速度,回転角のデータは東北大の高木涼太氏に提供いただきました.