JpGU-AGU Joint Meeting 2020

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[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティー手法の開発と適用

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、Ki-Cheol Shin(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)

[HTT16-02] 仙台市宮城野区新浜地区の地下水の滞留時間の推定-SF6,CFCs等による結果を用いた検討-

*藪崎 志穂1柴崎 直明2山本 怜南2 (1.総合地球環境学研究所・福島大学 共生システム理工学類、2.福島大学 共生システム理工学類)

キーワード:仙台市新浜地区、地下水、安定同位体、滞留時間、CFCs、SF6

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により巨大な津波が発生し,関東地方から東北地方の広い範囲にかけて甚大な被害が生じた。津波により海水が浸水した地域の地下水では塩水化が生じた井戸もあり,農業などの地下水利用に支障が生じた場所も多い。塩水化の影響は年月を経て減少している井戸がある一方で,現在でも塩分濃度が高い地点もあり,継続的な観測の実施が必要である。また,現在沿岸域で行われている堤防の造成や土地改良などの諸事業は,地域の水・物質循環や生態系に影響を与えることが危惧されており,今後の地下水利用を考えるためにも,地下水の水質などの現状を把握し記録することが重要である。本研究では,津波や土地改良などに伴う地下水への影響把握に焦点を当て,以下の事柄を明らかにすることを目的とする。
 1)地下水の無機溶存成分や微量元素,安定同位体比の特徴を明らかにし,季節変化の有無なども示す
 2)地下水の滞留時間を推定し,水質や地質などの状況と併せて地下水流動について検討する

 研究対象地域は宮城県仙台市宮城野区の太平洋沿岸近くに位置する新浜地区とした。本地域は2011年の地震の際に津波の浸水被害を受けて家屋が流されるなどの被害が生じたが,現在では周辺の改修工事が進み,元の住民が帰還して生活している世帯が複数みられる。新浜地区では井戸を所有する家庭が多く,津波の影響で井戸やポンプが破壊されるなどしたが,修復して現在も利用されている井戸が複数存在している。地区内の井戸の内,浅井戸1地点(No.6),深井戸5地点(No.3,4,5,7,8),水路(貞山堀)1地点(No.1)を調査対象として選定した。井戸深度は,浅井戸は3.1 m,深井戸は28~34 mでストレーナーの位置は明確ではないが,井戸深度から察するに同じ帯水層の地下水を利用していると考えられる。

 調査は2018年12月より開始し,月に一度,現地での測定(水温,EC,pH,ORP)と水質分析用の採水を実施している。採取した水試料はろ過を行った後,無機溶存成分はイオンクロマトグラフィー(Dionex, ICS-3000),微量元素はICP-MS(Agilent, 7500c),酸素・水素安定導体はCRDS法(picarro, L2130-i)により分析し,HCO3-はpH4.8アルカリ度滴定法を用いて定量した。滞留時間の推定用の試料について2019年1月28日に深井戸4地点(No.3,4,7,8)で採取し,CFCsとSF6の分析を実施した。また,地下水位の変動を把握するため,浅井戸(No.6)と深井戸(No.3)に水位計を設置して連続観測を実施している。

 これまでの調査結果により,以下のことが明らかとなった。
1)水路(貞山堀)の水質組成はNa-Cl型で溶存成分量は非常に高いが,季節変動を有し,降水量が多いと成分濃度は減少する。
2)浅井戸の水質組成は(Na+Ca)-HCO3型で,溶存成分量は相対的に少ない。水路と同様に降水量の多い時期には水位は上昇し,溶存成分量は減少しており,水位変動と水質変化には関連が認められる。
3)深井戸の水質組成は場所により多少特徴が異なり,集落内に分布する4地点(No.4,5,7,8)ではNa-HCO3型であるが,沿岸近くの地点(No.3)ではNa-(Cl+HCO3)型を示し,海水成分の影響が若干及んでいる可能性が考えられる。溶存成分量はいずれも高く,水質組成の特徴から滞留時間は比較的長いと予想される。また,地下水位は日変動および季節変動を有するが,水質はほぼ一定している。沿岸近くに井戸があるため,日変動は潮汐の影響,季節変動は降水イベントの影響を受けていると考えられる。
4)微量成分は地点によって多少傾向が異なるが,総じてMn,Feなどがやや多く含まれており,地質の影響を受けていると考えられる。
5)酸素・水素安定同位体比は水路>浅井戸>深井戸で,水路と浅井戸は季節変動を有するが,深井戸はいずれの地点もほぼ一定している。また,深井戸は集落内の井戸に対して沿岸近くの井戸(No.3)のほうが若干低く,同位体の高度効果を考慮すると,No.3の井戸の涵養標高は他の深井戸よりも200 mほど高いことが予想される。
6)CFCs,SF6の分析結果より,深井戸の滞留時間の推定値は70年前後であることが示された。今後,地下水流動モデルの結果と比較し,値の妥当性について検討する。
 今後の予定として,上記で示した地点の観測・採水を継続し,水質や水位の変化を把握する。また,新浜地区周辺に新たに観測井を数地点で掘削しており,これらの井戸の水質の特徴や滞留時間の推定,水位観測を行い,地下水流動の把握に努める。