JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティー手法の開発と適用

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、Ki-Cheol Shin(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)

[HTT16-03] 水安定同位体比を用いた水田農業が河川流況に及ぼす影響の定量評価

*中桐 貴生1松本 武志1堀野 治彦1大串 健一3藪崎 志穂2陀安 一郎2吉岡 有美4櫻井 伸治1 (1.大阪府立大学、2.総合地球環境学研究所、3.神戸大学、4.島根大学)

キーワード:水の安定同位体比、水田還元水、河川流況、定量評価、千種川

水田の広がる多くの流域では,灌漑用水として河川から多量に取水がなされる一方,圃場から河川への還元も多い.したがって,水田農業は河川流況に大きな影響を及ぼし得ると考えられる.近年,特に日本では農地の減少が進んでおり,これに伴い河川流況にも何らかの変化が生じる可能性がある.しかし,水田農業による河川流況への影響を定量的に評価する普遍的方法はまだ確立されていない.本研究では,兵庫県千種川水系を事例に水の水素・酸素安定同位体比(以下,水同位体比)を用いて,河川水に含まれる水田還元水の割合を定量的に評価することを試みた.

千種川水系内で,流域面積が比較的大きく,山林と水田以外の地目の少ない佐用川(水田面積割合2.3%)と志文川(同3.5%)の2支流域および本流の上流域を検討対象とした.2019年4~11月の間,月1~2回の頻度で計10回,佐用川13地点,志文川21地点,千種本流12地点にて河川水の現地計測(水温, pH, ORP, EC, DO, TDS)および採水分析(水同位体比,微量元素12種,溶存イオン13種, COD, TOC, T-N, T-P)を行った.採取地点は流域内での営農状況や支流の合流状況から決定した.上記調査に加え,水田15地点,ため池1地点でも同様の調査を行った.また,調査時に雨天だった場合もあり,そのうち3回で雨水の採取も行った.さらに,各支流域3名の農家に依頼し,7月半ば~9月半ばの期間,週2~3回の頻度で田面水を採取してもらい,それらの水同位体比も分析した.

以上の調査に加え,千種川上流~下流の本川沿い5地点に蒸発防止装置付きの雨水回収容器を設置し,およそ月1回の頻度で容器に貯まった雨水を回収して水同位体比を分析した.また,2015年~2019年において別途採取された佐用,志文両河川における渓流水ならびに千種川最上流部周辺で採取された積雪の水同位体比もここでの解析に用いた.

得られた結果および考察は以下の通りである:1)水田による影響のない各流域上流部の湧水を「源流」と定義した.源流水の水同位体比は,雨水のそれとの差異が小さく,δダイアグラムを描くと,ほぼ天水線上に分布することが多い.しかし,この水系の源流水は,天水線よりも上側に乖離し,その度合いは標高が高いほど顕著だった.また,積雪の水同位体比は,源流水よりもさらに上に乖離する側にプロットされた.以上の結果から,千種川水系の源流水は,一年を通じて積雪の影響を受けていると推察した. 2)源流水,河川水,田面水のδダイアグラムを描くと,ほぼ直線状に分布し,その左端(水の軽くなる側)に源流水のみ,右端(重くなる側)にほぼ田面水のみが分布する領域があり,河川水はちょうどそれらに挟まれた領域に分布した.また,源流水は調査(時期)ごとの変動が小さく,一方,河川水と田面水は比較的大きく変動していた. 3)各河川において,水田からの流出をほとんど受けない流路区間でも,河川水の水同位体比は流下に伴い僅かながら重くなる側に変化していた.一方,水田が比較的多く分布するエリアを流れる流路区間では,その変化の大きさが,灌漑期においては水田の無い区間での変化に比べ顕著に大きくなり,非灌漑期においては水田の無い区間と同程度になるという傾向がみられた.両区間における違いは,河川への水田還元水の流入に起因するものと推察された. 4)2支流それぞれの本流との合流地点において,合流前後の同位体比を比較し,合流後の両者の混合比を求めるとECや金属イオンなど他の水質成分を用いて求めた場合とほぼ一致する場合が多く,同位体比も同等に扱えることが示唆された. 5)水田還元水と田面水の水同位体比は同じと仮定し,これと源流水(河川流下に伴う変化を考慮)の水同位体比を用いて,各地点における河川流量に占める水田還元水の割合r(%)の算出を試みた.その結果,たとえば,佐用川のある地点では,流域面積に対する水田面積の割合が0.7%であるのに対し,灌漑期においてrの値が15%となり,20倍以上大きな値となった.どの地点でも同様の結果が得られた.
この水系における水田農業は,河川流況に大きな影響を与えていると結論づけた.今後は他水系でも本手法の有効性を検討することが望ましい.