JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS23] 結晶成⻑、溶解における界⾯・ナノ現象

コンビーナ:木村 勇気(北海道大学低温科学研究所)、三浦 均(名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科)、佐藤 久夫(日本原燃株式会社埋設事業部)

[MIS23-01] 弱い相互作用で組み上げた分子ベアリングの固体内動態

★招待講演

*磯部 寛之1 (1.東京大学大学院理学系研究科)

キーワード:ナノカーボン、分子結晶、分子回転、カーボンナノチューブ、フラーレン

弱い相互作用で組み上げた分子ベアリングの固体内動態

Solid-state dynamics of molecular bearings assembled by weak interactions



 Let the bearings run dry. この言葉は"There's plenty of room at the bottom."の題目で知られるファインマンの講演に登場する一文である.小さなベアリングからは不思議な物理・科学が見つかるかもしれないという「夢」だった.その後,フラーレンやカーボンナノチューブという機械部品のような形状をもった分子やその混合物が「ナノカーボン」として登場し,こうした「機械のような動きをもった小さな物質」の科学が始まった.単分子観察などの先端計測を駆使した研究を中心に,ナノの世界の不思議が解き明かされてきたが,多くのナノカーボンが「混合物であること」であることが,その発展を阻んできた.

 私たちは近年,有機合成を駆使することで一義的な構造と元素組成をもったナノカーボンを生み出してきた.そして,その分子性物質の研究から見いだせる新しいもの・ことを探ってきた.本講演では,「固体の中でのナノカーボンの運動」に焦点をあててその一部を紹介したい.

 私たちは2011年,初めて「剛直な壁」をもった有限長ナノチューブ分子を登場させた(doi:10.1038/ncomms1505).最初のヘリカル型とアームチェア型のナノチューブ分子に続き,その後,ジグザグ型ナノチューブ(doi:10.1021/ja305723j)や,それらを伸長したナノチューブ(doi:10.1039/c3sc50645b)を合成したが,機械的な運動性の「面白さ」に着目し始めたのは,2013年からであった(doi:10.1039/c3sc22181d).有限長カーボンナノチューブ分子の内部にはフラーレン分子が史上最強レベルの会合力で捕捉されているが,面白いことにフラーレン分子は内部で回転する.この面白い動きをもった錯体を「分子ベアリング」と称し,結晶構造や固体内での動的挙動(doi:10.1073/pnas.1406518111)あるいは動的挙動の分子動力学解析(doi:10.1039/c5sc00335k)を行ってきた.その特異な運動挙動を明確にできたのは,ごく最近のことである(doi:10.1038/s41467-018-04325-2).

 驚いたことに,史上最強レベルのホストに捉えられたフラーレン分子は,結晶固体中で200 GHzを越える回転周波数を記録した(図,左).回転周波数の定量的測定は,さらに,その回転運動の特異性をも明確にした.この固体内・最強ホスト内でのフラーレン分子の回転は「ニュートン力学に従う慣性回転」であった.私たちが通常,議論する分子運動は「ブラウン運動」という拡散運動であり,現存の「分子機械」の設計や機能展開は,この拡散運動に基づくものである.一方で,私たちの分子ベアリング内では,「慣性モーメントに従う回転運動」が存在しており,今後,この特異な分子運動に基づく新物性・新機能の開拓を目論んでいる.

 慣性回転を実現する分子ベアリングは,van der Waals相互作用という,指向性のない弱い相互作用で組み上げたが,ごく最近,別の弱い相互作用で分子ベアリングを組み上げ,固体中での単軸回転運動を実現した(doi:10.1038/s41467-018-06270-6).用いた相互作用は,「CH-π水素結合」という比較的新しい水素結合の一種である.実は,この相互作用が本当に水素結合と見なして良いものかどうかは長年の議論となってきていたが,私たちの分子ベアリングが「CH-π水素結合のみで組み上げたもの」であり(図,右),その結合・相互作用の本質を解き明かしたことで,「水素結合である」ことを決定的に証明するものとなった.指向性のある相互作用を用いたことにより,内部ベアリングの回転方向を規制することとなり,その結果,固体中で一つの軸周りで回転するという「単軸回転」を実現するに至った.

 「固体内での分子の運動」にはまだまだ未解明な点も多く,今後,さまざまな専門性をもった研究者とともに開拓していきたいと考えている.門外漢な学会での発表の機会をいただいたことで,その糸口が見いだせればと期待している.

参照HP: http://physorg.chem.s.u-tokyo.ac.jp および https://www.jst.go.jp/erato/isobe/