[MIS23-P05] 疑似液体層を介した氷結晶の成長:硝酸ガスの効果
キーワード:氷、疑似液体層、硝酸ガス、光学顕微鏡
氷は地球上で最も豊富な結晶の1つであるため、氷結晶表面を分子レベルで理解することは氷に関する多くの問題を解き明かす鍵となります。我々はオリンパス(株)と共同でレーザー共焦点顕微鏡と微分干渉顕微鏡とを組み合わせた顕微鏡を開発しました(LCM-DIM)。我々は氷表面の分子の階段(厚さ0.37 nmの単位ステップ)の直接観察に初めて成功し[1]、氷結晶表面の疑似液体層(QLL)の直接観察にも成功しました[2]。融点(0°C)以下の温度でも氷表面はnm厚みの薄い液体層に覆われており、この層を疑似液体層と呼びます。窒素ガス下でのQLLのLCM-DIM観察により、QLLの出現する温度、ならびにH2O分圧が明らかになりました[3,4]。一方、微量の酸性ガスでさえもQLLの安定性を変えることがわかってきました。この研究ではモデル大気ガスとして硝酸ガスを選択し、大気組成に近いHNO3分圧(0, 10-4, 10-2 Pa)に窒素ガスを加えた一気圧下で疑似液体層の出現・消失温度を調べると共に、QLLが氷の成長や蒸発にどのような影響を与えているのかを調べました[5]。
HNO3ガスの有無に関係なく、pure-QLLおよびHNO3-QLLは温度増加により出現し、温度減少により消失しました。pure-/HNO3-QLLの形状は、球形ドーム状で氷との接触角は約1°でした。すなわち、氷との接触面の直径が50 umの時に高さ100 nmに満たない非常に薄い液体層であることがわかりました。Pure-/HNO3-QLLの出現温度にはそれほど差がありませんでしたが(PHNO3が0, 10-4, 10-2 Paの時それぞれ-1.9, -0.5, -1.8 °C)、消失温度には差が見られました。Pure-QLLの消失温度(-2.2 °C)は出現温度とほぼ同じでした。しかし、高い硝酸ガス分圧の条件(10-2 Pa)におけるHNO3-QLLの消失温度は-6.4 °Cであり、出現温度(-1.8 °C)とかなりの差がありました。出現・消失温度間の大きな熱ヒステリシスは、pure-/HNO3-QLLの消失メカニズムが異なっていたことを示唆しています。以前の論文では、pure-QLLは氷の表面が融解するのではなく、過飽和水蒸気が氷の表面へ準安定液相として凝縮することにより速度論的に形成されることが示されました。一方、HNO3-QLLは純水ではなく硝酸水溶液であり、HNO3-QLLと氷の結晶は平衡状態にあることがわかりました。
また、氷の温度を下げるとHNO3-QLLの周辺からマクロステップが発生することがわかりました。このメカニズムは以下のように説明できます。温度を下げると固液平衡から外れてHNO3-QLLは過冷却状態となり氷が成長して硝酸濃度が増加します。このHNO3-QLL内部の氷の成長は、変化後の温度に対応した液相線上の濃度へと落ち着くまで、すなわち固液平衡になるまで続きます。この時に起こる氷の成長は、HNO3-QLLと接している氷の面全体が鉛直方向へと成長するものでした。このような成長挙動はウィスカー結晶の成長を引き起こすVLS成長メカニズムとしてよく知られています。ただし、氷は過飽和水蒸気に晒されているため、HNO3-QLL内で鉛直方向に成長してできた階段は横方向へも成長し、これがマクロステップとして観察されます。
最近、我々は塩化水素ガス存在下におけるQLLの挙動について調べたところ[6,7]、HCl-QLLも塩酸水溶液であることがわかりました。この結果は、HNO3-QLLで見つかった結果と類似しています。ところが、HNO3-QLLと同様のマクロステップの発生は見られず、VLS成長が起こっていないことがわかりました。この時、氷の成長はHCl-QLL・氷・大気の界面、すなわちHCl-QLLと氷との接触面ではなく接触線から優先的に始まり、HCl-QLL表面は氷に覆われ、最終的には氷内部に埋没してしまうことがわかりました[7]。発表では、氷の成長と蒸発中におけるpure-/HNO3-/HCl-QLLの役割の違いについて他の現象も交え詳しく説明致します。
[1] Sazaki et al. (2010) PNAS 107, 19702.
[2] Sazaki et al. (2012) PNAS 109, 1052.
[3] Asakawa et al. (2015) PNAS 113, 1749.
[4] Murata et al. (2016) PNAS 113, E6741.
[5] Nagashima et al. (2020) Crystals 10, 72.
[6] Nagashima et al. (2016) Cryst. Growth Des. 16, 2225.
[7] Nagashima et al. (2018) Cryst. Growth Des. 18, 4117.
この研究の詳細は論文[5]に示されています。また「A-AS07 大気化学」「A-CC39 雪氷学」の各セッションでも、他の観点から見た硝酸QLLについての発表を致します。
HNO3ガスの有無に関係なく、pure-QLLおよびHNO3-QLLは温度増加により出現し、温度減少により消失しました。pure-/HNO3-QLLの形状は、球形ドーム状で氷との接触角は約1°でした。すなわち、氷との接触面の直径が50 umの時に高さ100 nmに満たない非常に薄い液体層であることがわかりました。Pure-/HNO3-QLLの出現温度にはそれほど差がありませんでしたが(PHNO3が0, 10-4, 10-2 Paの時それぞれ-1.9, -0.5, -1.8 °C)、消失温度には差が見られました。Pure-QLLの消失温度(-2.2 °C)は出現温度とほぼ同じでした。しかし、高い硝酸ガス分圧の条件(10-2 Pa)におけるHNO3-QLLの消失温度は-6.4 °Cであり、出現温度(-1.8 °C)とかなりの差がありました。出現・消失温度間の大きな熱ヒステリシスは、pure-/HNO3-QLLの消失メカニズムが異なっていたことを示唆しています。以前の論文では、pure-QLLは氷の表面が融解するのではなく、過飽和水蒸気が氷の表面へ準安定液相として凝縮することにより速度論的に形成されることが示されました。一方、HNO3-QLLは純水ではなく硝酸水溶液であり、HNO3-QLLと氷の結晶は平衡状態にあることがわかりました。
また、氷の温度を下げるとHNO3-QLLの周辺からマクロステップが発生することがわかりました。このメカニズムは以下のように説明できます。温度を下げると固液平衡から外れてHNO3-QLLは過冷却状態となり氷が成長して硝酸濃度が増加します。このHNO3-QLL内部の氷の成長は、変化後の温度に対応した液相線上の濃度へと落ち着くまで、すなわち固液平衡になるまで続きます。この時に起こる氷の成長は、HNO3-QLLと接している氷の面全体が鉛直方向へと成長するものでした。このような成長挙動はウィスカー結晶の成長を引き起こすVLS成長メカニズムとしてよく知られています。ただし、氷は過飽和水蒸気に晒されているため、HNO3-QLL内で鉛直方向に成長してできた階段は横方向へも成長し、これがマクロステップとして観察されます。
最近、我々は塩化水素ガス存在下におけるQLLの挙動について調べたところ[6,7]、HCl-QLLも塩酸水溶液であることがわかりました。この結果は、HNO3-QLLで見つかった結果と類似しています。ところが、HNO3-QLLと同様のマクロステップの発生は見られず、VLS成長が起こっていないことがわかりました。この時、氷の成長はHCl-QLL・氷・大気の界面、すなわちHCl-QLLと氷との接触面ではなく接触線から優先的に始まり、HCl-QLL表面は氷に覆われ、最終的には氷内部に埋没してしまうことがわかりました[7]。発表では、氷の成長と蒸発中におけるpure-/HNO3-/HCl-QLLの役割の違いについて他の現象も交え詳しく説明致します。
[1] Sazaki et al. (2010) PNAS 107, 19702.
[2] Sazaki et al. (2012) PNAS 109, 1052.
[3] Asakawa et al. (2015) PNAS 113, 1749.
[4] Murata et al. (2016) PNAS 113, E6741.
[5] Nagashima et al. (2020) Crystals 10, 72.
[6] Nagashima et al. (2016) Cryst. Growth Des. 16, 2225.
[7] Nagashima et al. (2018) Cryst. Growth Des. 18, 4117.
この研究の詳細は論文[5]に示されています。また「A-AS07 大気化学」「A-CC39 雪氷学」の各セッションでも、他の観点から見た硝酸QLLについての発表を致します。