JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 山の科学

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学山の環境研究センター)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)

[MIS24-02] 78%の日本の植物種はより寒冷地へ移動した:GBIFの在データを用いた新手法の提案

*關 岳陽1田中 健太1 (1.筑波大学 山岳科学センター)

キーワード:地球温暖化、分布、オープンデータ、ビックデータ、気候変動、植物

現在進行中の地球温暖化に応答して生物の分布が変遷してきたことは多くの研究・総説・メタ解析等によって示されている。これらの研究には過去・現在の生物分布データが必要であり、そうしたデータの多寡は地域によって偏っており、従って分布変遷の研究も地域的に偏っている。アジア地域は研究が不足している地域の一つである。本研究ではこの問題を解消するため、生物の在・不在情報を調査範囲全体にわたって均等な労力によって体系的に記録した一般的な生物分布データではなく、生物の在情報だけを散発的に記録した在データ(オカレンスデータ)を利用した。世界的な生物分布データベースであるGBIF(何の略か)には、生物の標本採集に基づく在データが世界中で10億件以上登録されている。本研究ではGBIFの在データを用いて、日本の維管束植物約2000種の分布変遷を調べた。

日本国内で1890~2019年に登録された維管束植物の在データをGBIFから入手した。この在データでは、一つの登録情報は年月日・種名・緯度・経度からなる。不完全なものを除外し、約130万件の登録情報を得た。各登録情報の緯度・経度の地点における年平均気温(以下、MAT:Mean Annual Temperature)を、国土数値情報 平年値メッシュデータ(気象庁)の年平均気温に対して当該定点の標高による気温低減を考慮した補正を行うことで推定した。これらの在データは、不特定多数の人間が各自の都合で生物を採集した標本情報に基づいており、標本採集努力が年・緯度・標高に対して一定ではない。そこで、(1)こうした偏りに対して頑健で植物群集レベルの分布変遷が評価できるSTI(Species Temperature Index、与えられた種の気温指数、下述)に基づく解析と、(2)偏りに対して脆弱だが植物種レベルの分布変遷が評価できるMAT(上述)に基づく解析を行った。

(1)STIとは、各種の生息地内の平均的な気温であり、各種の全登録情報のMATを平均することで求めた。各登録情報のSTI(その登録情報で記録された種のSTI)を応答変数、その登録情報のMATと年を説明変数とする線形回帰モデル構築し、年の効果を調べた。(2)MAT解析では、各登録情報のMATを応答変数、その登録情報の年を説明変数とする線形回帰モデルを各種に対して構築し、各種における年の効果を得た後に、その効果の全種にわたる分布を調べた。登録情報の平均標高は大きく年変動しており、特に1890~1978年の期間には平均標高が年とともに減少していた。予備解析の結果、この期間には標本採集の努力が行われた標高が低下したと考えられたため、MAT解析では1978年以降のデータのみ用いた。

さらに追加的な解析として、分布変遷が標高方向に起きているのか、緯度方向に起きているのかを分析した。使用した全登録情報の標高と緯度を各種に対して平均することで得られた種標高指数(SAI: Species Altitude Index)と種緯度指数(SLaI: Species Latitude Index)を求め、各登録情報のSAI(その登録情報で記録された種のSAI)を応答変数とし、その登録情報の標高と年を説明変数にした線形回帰モデル(SAI解析)と、各登録情報のレコードのSLaIを応答変数、その登録情報の緯度と年を説明変数にした線形回帰モデル(SLaI解析)を構築した。

STI解析の結果、与えられた地点で採集された種の種温度は年あたり0.011高まっており(p < 0.001、尤度比検定)、各地で年を追うごとに温暖な気候を好む種が出現していることがわかった。MAT解析の結果、78%の種において回帰係数が負となり、偶然に期待されるよりも多くの種が寒冷地へ移動していることが分かった(p < 0.001、50%からのずれを調べる二項検定、図)。その平均速度は0.021度/年(図赤線)であり、日本の平均気温の上昇速度0.027度と近い値(図左黒線)を示した。変遷速度はSTI解析とMAT解析の間で乖離しているが、これはSTIを求める際の情報不足に起因している可能性がある。

SAI解析の結果では、年の効果は-1.72 m /年(p < 0.001)となり、ある地点において毎年1.72 mずつ低標高性の種が出現していた。SLaI解析の結果では、年の効果は-0.000078 度/年(p = 0.096)となり、これは-8.71 m/年に相当し、ある地点において毎年8.71 mずつ南方性の種が出現していた。気温1度の変化に該当する距離変化は緯度方向は111 km、標高方向は180 mと知られている。今回得られた緯度方向の変化量は気温の変化量と比べると著しく小さい。そのため、今回観察された気温に対する変化というのは主に高標高へ移動したことによるものだと考えられる。

以上より、(i)日本の植物群集の大半の種が地球温暖化に対応してより寒冷地へ分布を変遷させていること、(ii) その変遷速度は地球温暖化の速度と近い可能性があること、(iii)この変遷は主に標高方向の移動によること、が分かった。今回の手法はGBIFのデータと気象データ、標高データがあれば使用できる汎用性の高いものである。