JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 山の科学

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学山の環境研究センター)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)

[MIS24-05] 標高傾度によるモンカゲロウ Ephemera 属昆虫3種の分布パターン(流程分布)とその形成プロセス・形成要因について

*岡本 聖矢1東城 幸治2 (1.信州大学(総合医理工学専攻)、2.信州大学(理学部))

キーワード:標高傾度、分布パターン、水生昆虫

日本列島は,国土の大部分が山地で占められる島嶼群である.山地では.標高(垂直)方向に短い距離で気温,土壌,植生,地形などをはじめとする様々な要因が大きく変容する.このように標高に伴う変容は河川環境にも大きく影響を与える.また,標高に伴って魚類,水生昆虫類などの近縁な種群で分布の置き換わりの事例が知られている.とくに水生昆虫では,流程により変容するそれぞれの環境に適応するような分布を示す例が知られてきた.今回注目するモンカゲロウ Ephemera 属の3種は,大型のカゲロウ類であり,日本列島(南西諸島を除く)の河川に広域分布しており,源流域を含む上流から下流にかけて,フタスジモンカゲロウ Ephemera japonica,モンカゲロウEphemera strigata,トウヨウモンカゲロウEphemera orientalis の順に経験的には流程分布することが知られている.そのような流程分布パターンについては,生態学的観点による特定地域での研究事例はあるものの,分布域を網羅するような全国スケールでの傾向分析や流程による分布パターン形成に関する詳細な調査は,未だ十分には理解されていない.そこで本研究では,特に標高傾度に影響を受けるような環境要因・生物的要因に焦点を当て,河川棲生物の複雑な分布決定要因の究明を試みた.モンカゲロウ属3種を対象にメガデータ(河川水辺の国勢調査(河川版とダム版)と我々自身で取得した分布情報;3種合計で1,672地点)を基に,GISによる解析を実施した結果,3種間において,解析した5つの項目それぞれにおいて有意差が認められた.フタスジモンカゲロウはより上流側の環境に,トウヨウモンカゲロウはより下流側の環境に生息している傾向が認められ,残るモンカゲロウはフタスジモンカゲロウとトウヨウモンカゲロウの中間域に生息する結果となり,これら3種間には緩やかなニッチ分化傾向とそれに伴う流程分布傾向がみられた.とくに,3種の分布は水温との関係性が高いことから(実際の解析に用いられているのは調査地の気温データ),氷期-間氷期サイクルにおける生息適地の分布変遷を検討するため,Ephemera3種の生息情報におけるメガデータを基に,ソフトウェアMaxentを用いた生態ニッチモデリングを実施した.その結果,フタスジモンカゲロウは,現在の気候条条件下では,より北方から南方までの幅広い地域が生息適地として推定された.一方,トウヨウモンカゲロウは,フタスジモンカゲロウより南部を中心とした分布域が推定された.残るモンカゲロウは,これら両種の中間的な結果となった.また、氷期の生息適地をしてみたところ、全3種において分布域の縮小がみられた.とくに北海道東部や東北地方の太平洋側地域,中部山岳域や瀬戸内地域の分布確率が低下した。3種間での生息適地の範囲そのものには違いがなかったものの生息可能性は、フタスジモンカゲロウ,モンカゲロウ,トウヨウモンカゲロウの順に低くなる傾向が示された.こうした結果からも緩やかなニッチ分化傾向がみられた.さらに,流程分布の実態をより詳細に把握するため,水系内に3種が高密度で生息している旭川水系を対象とするファインスケールでの調査研究を実施した.この調査においては29の調査地点を設定し,幼虫の定量調査と環境要因(川幅,底質粗度,浮石率,懸濁有機物量,クロロフィルa量)の関係性を比較検討した.その結果,フタスジモンカゲロウが上流域,トウヨウモンカゲロウが下流域に,そしてモンカゲロウはそれらの中間に分布する結果が極めて明瞭に得られ,日本全域で実施したメガデータ解析の結果やGISを用いた環境項目の解析とも概ね一致した.CCA(正凖対応分析)の結果,特に源流〜上流に分布するフタスジモンカゲロウは,河床勾配,底質粗度,年間平均気温と正の相関が認められ,その生息環境は,山岳に起因する環境要因と密接に関係していると考えられる.さらに,より詳細な時系列も含めた野外調査を実施し,分布パターンの季節的変化プロセスとそれに関わる要因として,種間相互作用も含めた追究を試みた。まずはモンカゲロウ類2種(フタスジモンカゲロウとモンカゲロウ)の分布域が重複する区域を対象に時系列に沿った分布調査を実施した.モンカゲロウが春季に羽化すると、それまでモンカゲロウの幼虫が利用していた空間(羽化により空いたニッチ)を繁殖時期の遅い(夏季に羽化する)フタスジモンカゲロウ幼虫がすぐさま占有するような状況が確認できた.すなわち,選好するハビタットの分化(ニッチ分化)だけが両種の流程分布を成立させているのではなく,種間相互作用も少なからず関係している可能性が新たに示唆された.以上の結果から,モンカゲロウ類の3種は選好する環境の相違に基づく標高傾度による空間的な「棲みわけ」を示すだけでなく,ニッチの重複域においては種間相互作用も生じているなど、様々な要素が複合した結果として現在のような流程分布パターンが形成されていることが示唆された.