JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 山の科学

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学山の環境研究センター)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)

[MIS24-13] 地すべりが創り出す山岳地域の湿地景観

★招待講演

*佐々木 夏来1須貝 俊彦1高橋 尚志2 (1.東京大学大学院新領域創成科学研究科、2.東京都立大学)

キーワード:地すべり性湿地、発達過程、大規模地すべり、第四紀火山

日本列島において湿地は、沿岸の低地から山岳地域まで、また北海道から沖縄まで幅広く分布する。標高別の湿地分布密度は、低地のみならず標高1600 mから1800 m付近でも高い値を示し、湿地は山岳景観の特徴の一つとして位置づけられる。山岳地域の湿地には、カルデラ湖や氷河湖、緩やかな多雪斜面に形成された雪田、地すべりや線状凹地等の重力変形地形で生じた凹地内に形成された湿地などがあり、成因は多岐にわたる。また、山岳湿地の高密度分布域は、多雪域のみならず地すべり地形の分布地域とも重なっており、地形学的な観点で山岳地域の湿地景観を読み解くことは非常に重要である。本発表では、奥羽山脈の第四紀火山において、山岳湿地の形成と発達に地すべりが重要な役割を果たしていることを紹介する。

複数の第四紀成層火山で構成された仙岩火山地域、栗駒火山地域、船形火山地域では、火山原面と共に地すべり地内で湿地の分布密度が高い。第四紀火山の地すべり地は、面積規模が大きいという特徴があり、これらの火山地域においても、大規模地すべり地内に多数の湿地が形成されている。地すべり性湿地の分布は、比較的広い標高帯にわたっており、積雪の多寡に依存しないことも特徴の一つである。また、大規模地すべり地内の湿地は、その規模や分布が地すべり土塊の微地形配列の影響を受ける。仙岩火山地域の回転型地すべり地の場合、地すべり土塊上部の階段状地形の崖下で比較的面積の大きい湿地が形成され,土塊の破砕が進行した下部では凹凸地形の規模が小さいために小規模湿地が多い傾向にある。船形山の並進型地すべり地では、土塊が複数のブロックに分かれて移動する特徴が認められ、ブロック境界のグラーベン内には大規模湿地が、ブロック内の線状凹地内には小規模な湿地が形成されている。

大規模地すべり地内の湿地のもう一つの特徴として,湖沼、湿原といった多様な状態の湿地が同一地すべり地内に共存していることが挙げられる。仙岩火山地域の菰ノ森地すべり地に位置する長沼は、約7000年前以前に閉塞凹地内に湿地が出現した後、水域を徐々に縮小して湿原への発達途上にある。一方、同一地すべり地内の大谷地では、局所的な地形変化による約5500年前の湛水と約3300年前の排水を経て、現在は高層湿原となっている。地すべり地は初生すべりの後も、副次的な活動によって間欠的に地形変化しているため、地形変化のタイミングに応じて湿地は出現、発達、消滅を繰り返しながら、地すべり地内には長期間にわたり継続的に湿地が存在し、多様な成立年代・発達段階の湿地が混在していると考えられる。

山岳地域の湿地は面積が小さいためにその役割が過小評価されがちである。しかし、高密度に湿地が分布する大規模地すべり地は、崖・森林・湿原のモザイク景観を有し、多様な生物の生息地を長期間にわたって提供する場として、生態学的にも非常に重要だと考える。さらに、地すべり地の湿地は積雪量に依存しにくいことから、気候変動に対してよりレジリエントであり、生物のレフュージアとしての役割を担って来た可能性がある。将来の気候変動が山岳湿地とその生態系に与える影響はほとんど明らかになっておらず、今後、多様な視点からの研究が必要である。