JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 山の科学

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学山の環境研究センター)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)

[MIS24-P02] 草原の時間的連続性が植物と蝶類の群集に与える影響

*井上 太貴1矢井田 友暉2上原 勇樹2勝原 光希2高島 敬子2關 岳陽1山本 裕加1丑丸 敦史2田中 健太1 (1.筑波大学、2.神戸大学)

キーワード:半自然草原、土地利用履歴、スキー場、指標種、保全

世界中の草原は1700年代から現在までに農地への転換などによって約半分に減少している。温帯の草原は生物多様性が高い陸上生態系であることが知られており、優先して保全すべき多様性の高い草原の特定が急務である。近年、草原の継続期間ないし時間的連続性が現在の生物群集に影響を与えることが相次いで報告され、継続期間が生物多様性の指標になる可能性がある。本研究では、草原が森林にならず続いている期間を時間的連続性として着目し、その生物多様性への影響を解明することを通じ、保全優先度が高い草原の特定方法を確立することを目指した。対象を植物と蝶類の群集とし、草原の時間的連続性が種数と種組成に与える影響について調査した。蝶類は、植物に密接な関係を持ち、多くの絶滅危惧種が草原に生息する。
本州中部の菅平・白馬・霧ヶ峰の3地域のスキー場を調査地とし、1910年代~現在の草原変遷を国土地理院の地形図・航空写真を用いて追跡した。現在まで110~数千年にわたって時間的に連続している「古草原」、44~73年前の森林伐採由来の「新草原」、それに森林を加えた3つの植生タイプに分類し、各5~8地点(計58地点)を調査地とした。植物群集は全3地域(計58地点)で、蝶類群集は菅平(計19地点)で調べた。植物群集は、1 × 20 m区画を調査地点ごとに1つ設け、7月と9月の2回、出現植物種を記録することで調べた。出現種のうち、生息地に草原が含まれることが図鑑から確認されたものを草原性種、各都道府県のレッドリストに含まれるものを希少種と区別した。蝶類群集は、植物調査区を含むように5 × 20 m区画を設け、6~9月の間に7回、12分間で区画を1往復して出現種・個体数を記録することで調べた。
維管束植物種は計498種記録された。3地域を合わせた解析により、草原性在来植物・草原性希少植物種数が古草原で多いことが明らかになった。また、植物種組成が古草原と新草原の間で異なることが、3地域共通で明らかになった。新草原の植物種組成は古草原と森林の中間的なものであるという傾向も3地域で共通しており、新草原には森林だった影響が50年以上残っていると考えられる。指標種分析では、古草原の植物指標種が新草原より多い傾向があった。また、アザミ属が3地域で共通して、ツリガネニンジンが菅平・霧ヶ峰で共通して古草原の指標種として検出されたが、新草原の指標種に地域間で共通した種はなかった。草原性種の新生息地への定着には時間が掛かることが知られており、また、アザミ属とツリガネニンジンの種子散布能力が低いことから、種子散布能力の低い植物が新草原に到達していないことが、古草原と新草原との間の植物群集の違いを生み出していると考えられる。蝶類は39種1058個体が記録された。蝶類種数は草原で森林よりも多く、また、古草原の方が新草原よりも多い傾向があった。植物のように古草原と新草原との間で種組成が違うということは蝶類組成では言えなかった。しかし蝶類種組成は、調査地点から半径300m以内に含まれる古草原面積の影響を受けていることが分かった。植物が調査地点そのものの時間的連続性の影響を受けていたのに対し、蝶類が周辺の広い面積の時間的連続性の影響を受けていたことは、(1)必要とする資源と、(2)移動性によると考えられる。すなわち蝶類は、(1)幼虫期・成虫期を通じて複数の植物個体を餌として必要とし、(2)一般に植物より移動性が高い。そのため、1個体でも残っていれば種として存続できる植物と比べ、蝶類は広い面積の植生の影響を受けていると考えられる。蝶類指標種は各植生タイプで2種以上検出された。植物と蝶類の指標種分析の結果には食い違いが見られた。例えば、ススキは草原全体の指標種だったが、それを食草とするジャノメチョウは古草原の指標種として検出された。また、ワレモコウは古草原の指標種だったが、それを食草とするヒョウモンチョウは草原全体の指標種として検出された。ただし、これらの関係は成虫と幼虫の食草の間で見られた関係であり、植物と蝶類との相互作用を正確に理解するには、蝶蜜源植物と蝶成虫との関係、食草と蝶幼虫との関係を調査する必要がある。本研究の結論として、時間的連続性の長い草原に多様性が高く独特な生物群集が形成されていることが3地域という一般性の高い調査によって明らかとなった。そのため、時間的連続性を草原の保全優先度の指標とすることを提案したい。また、蝶類群集の保全には植物よりも広い面積の古草原が必要なことが分かった。本研究で調査した半自然草原は大部分がスキー場として管理されており、半自然草原の保全におけるスキー場の役割が再確認された。