JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS25] 生物地球化学

コンビーナ:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)

[MIS25-06] 干潟の高濃度リン酸を生み出す新供給源: 岩石の風化実験及び現地観測による実証

永田 光陽1、*楊 宗興1 (1.東京農工大学)

キーワード:リン酸、干潟、生物生産

【はじめに】

 リンは、すべての生命にとって必須な元素である。しかし、生物が直接利用可能な形態であるリン酸(PO₄³⁻)は高い負電荷を持ち、土壌粒子表面の正電荷を帯びた部位に吸着し化学的に結合する(岩田、2013)。また酸化的環境下においてリン酸は鉄やアルミニウムの酸化(水酸化)物に特異吸着する。そのため、多くの河川や湖沼においてリン酸は制限要因になる。ところが、これとは対照的に、河口域では高濃度のリン酸が検出された事例がある(Suzumura、2000;Carlyle、2000)。河口域は世界で最も生産力の高い生態系をもつ(ホーン・ゴールドマン、1999)。一般的にこのような豊かな生物生産は上流からの栄養塩や有機物の流入によって支えられていると考えられているが、詳しくはわかっていない。

本研究では、豊かな生物生産を支えうるリン酸供給過程が河口域で機能しているとする新しい仮説を検討する。上流から流下して堆積した土砂が、無酸素条件下の化学的風化によりリン酸を放出する過程と、鉄(水)酸化物の還元・溶解に伴いリン酸を遊離する過程である。これまで知られていないこれら新供給源を岩石の風化実験と現地観測によって検討した。

【材料と方法】

◎岩石の風化実験:千葉県木更津市に流入する小櫃川の上流と河口部でそれぞれ母岩と干潟堆積物を採取した。母岩は砕いて有機物を燃焼し(500 ℃,120 min)、干潟堆積物は1週間風乾させた後、500 µmのふるいで篩別した。超純水250 mlと共に瓶内に入れ、二酸化炭素あるいは窒素の曝気により、無酸素条件と炭酸風化が起きる環境を作成した。一部の瓶にはさらに還元剤(塩化ヒドロキシルアンモニウム)を1,10,20 g/Lとなるよう加えた。瓶内のリン酸ならびに関連成分濃度の変化を72時間追跡した。

◎現地観測:2019年8月27日の10:30から2019年8月28日の8:21のほぼ1日の間に、小櫃川に接続する盲管状クリークの出口において二潮汐間の現地観測を行い、リンとFe²⁺、懸濁粒子の濃度の変化を追跡した。各時間の濃度に流量を乗じ、観測を行ったクリークの面積で除することでそれぞれのフラックスを算定した。

【結果と考察】

 母岩を材料にした風化実験において、N2で曝気した瓶では変化は見られなかったが(結果省略)、CO2で曝気した瓶はSiO2濃度の増加が確認された(Fig.1)。また、それに伴い瓶内のリン酸濃度の増加が観察された(Fig.2)。これより、上流の母岩由来の土粒子は、無酸素条件下で風化作用を受けることで、リン酸を継続的に放出することが実験的に示された。また還元剤を添加するとリン酸濃度の増加が促進した。還元剤濃度が高いほど、鉄(水)酸化物の還元によるFe²⁺の溶出も促進し(Fig.3)、Fe²⁺濃度とリン酸濃度の間には強い正の相関が見られた(結果省略)。このことから、無酸素条件下において、鉄(水)酸化物の還元・溶解に伴いリン酸が遊離することが示された。還元的環境が発達した干潟においてはリン酸供給に対するこの経路の寄与は大きいと考えられる。

一方、干潟堆積物を材料にした場合、SiO2濃度の増加に対し、リン酸濃度の増加はほとんど見られなかった。(Fig.1;Fig.2)。これは干潟堆積物がすでに風化作用により、リン酸の放出をほぼ終了していたことが原因だと考えられる。すなわち新供給経路においては堆積物より土粒子がリン酸の供給能が高いことを示す。また、干潟は上流から土粒子がリン酸を保持した状態で供給されることでリン酸の生産を維持していると考えられる。以上より干潟が無酸素条件下で土粒子によってリン酸の生成を行うことがわかった。そしてそれは、無酸素条件下にて土粒子が風化されることによるリン酸の放出と、鉄(水)酸化物の還元に伴うリン酸の遊離の二つであることを実験的に示せた。

 次に、小櫃川に接続する盲管状クリークの出口における各成分の2潮汐間におけるフラックスの観測結果をTable.1に示した。リン酸、TP(全リン)、Fe²⁺、懸濁粒子のフラックスは干潟への流入時(満ち潮)より流出時(引き潮)の方が大きかった。このことから次のリンの流れが考えられる。土粒子が上流から増水又は洪水時に流下し、干潟に堆積する。その後、満ち潮による高水位時に、無酸素条件が形成されることで還元的環境が発達する。そこで化学的な風化により土粒子からリン酸が放出される。また、鉄(水)酸化物の還元に伴いリン酸が遊離する。そして、生産されたリン酸は引き潮により流出する。また、干潟にて生産された付着藻類なども引き潮が剥離し、懸濁態リンとして流出する。これにより従来の供給源とは異なり、土粒子が無酸素条件下においてリン酸の新供給源となることを示せた。