JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS28] 歴史学×地球惑星科学

コンビーナ:加納 靖之(東京大学地震研究所)、磯部 洋明(京都市立芸術大学美術学部)、芳村 圭(東京大学生産技術研究所)、岩橋 清美(国文学研究資料館)

[MIS28-P06] 現代の地震観測の歴史地震研究への活用(その1)1855年安政江戸地震の江戸郊外における震度の地域性検証のためのパイロット観測

*石瀬 素子1中村 亮一1原田 智也1飯高 隆1中川 茂樹1佐伯 綾香1引間 和人2酒井 慎一1 (1.東京大学地震研究所、2.東京電力ホールディングス)

キーワード:歴史地震の震度判定、地震観測、1855年安政江戸地震

歴史地震を扱う際の主な研究手段は,史料の収集と分析である.このような研究の発展により,我々の限られた期間(1870年代半ば以降)における地震観測では知り得ない多様な地震サイクルや,過去の地震で受けた各地における地震被害の情報が,明らかにされてきている.ただし,史料に残されているのは,当時(前近代)の人々の生活に関係した場所についての情報であり,現代を生きる我々が知りたい全ての場所の地震被害の状況が記されているわけではない.

例えば1855年安政江戸地震については,江戸市中の被害に関する史料は数多く残されているが,その郊外では,既知の記述の数量は限られていてその分布はまばらである.そのため,江戸市中については多数の史料から震度判定が行えるが,郊外については数少ない史料から震度を判定しなければならない.このような場合,震度を与える点が少ないだけでなく,一つ一つの史料の信頼性の度合いや曖昧さにより,史料からどのように震度を判定するかなどの課題も生じてくる.

そこでこの課題の解決法の一つとして,現代の地震観測を通して歴史地震の震度を検証するという方法を考える.歴史地震の震度は,被害率や被害の程度により震度が判定されているが,いずれの方法においても,記述者の主観によってしまう.また,震度判定に用いられた建造物の地震前の状態,被害の報告漏れなどによる不確定性からも免れない.さらに,隣接した地点であっても,地盤の違いによって震度の大小が異なることが知られている.これに対し,地震計による観測では計測された数値が得られるので,上述の種々の問題を客観的に(定量的に)扱うことができると考えられる.

このような考えの下,安政江戸地震の江戸郊外での史料と震度の理解の深化を目的に,史料に基づく地震観測をパイロット的に東京郊外で実施した.期間は2019年9月26日から同12月5日までの2か月間である.観測を行うまでの大まかな流れとしては,①史料にある被害記述の震度判定,②他の史資料を用いた被害地点を[原田1] 特定,③震度分布図の作成と,これに基づく地震観測地点の選定,である.なお,震度の判定は,宇佐美(1995)による「大名・寺社の判定基準」に従う(震度判定方法については,石瀬・他,2020「[原田2] 歴史地震」[原田3] 改訂中を参照).

例として,千葉県成田市での取り組みを紹介する.①震度判定:成田市田町と新勝寺での被害が記されている『豊田家日記』,『年寄部屋日記』,新勝寺から佐倉藩に出された被害届の控え(成田山新勝寺史料集第3巻,1992)による記述を[原田4] 震度判定した.その結果,8個[原田5] の震度が得られた(震度Ⅳ未満から震度Ⅵ).②被害地点の特定:『成田参詣記』による絵図等を用いて被害地点の特定を行った.その結果,4地点(田町1地点,成田山新勝寺3地点)の位置が特定できた.③観測点選定:位置が特定できた4地点のうち3地点(田町(Ⅵ),新勝寺燈籠(Ⅴ強),新勝寺本堂(Ⅳ~Ⅴ))とその周辺7地点を合わせた合計10地点(うち新勝寺内に5点設置)を観測点として選定した.

成田市で有感であった幾つかの地震の分析の結果,各地点の震度値において,安政江戸地震で震度値の相対的な関係が定性的にではあるが再現されていることが示された.さらに波形に注目してみると,卓越周期やS波コーダの継続時間が観測点ごとに異なっていた.例えば,田町観測点では,他の観測点と比べて長周期成分に富み,継続時間が20秒以上で長かった.このことは,その地域の地盤増幅度と関連するため,それが被害の差につながっているのかもしれない.このことから,大地震の際に周囲よりも大きな揺れに見舞われた地域は,普段の小さな地震においても他と比べて揺れが大きくなる傾向があることが示唆される.現時点では定性的なことしか言えないが,これを定量化して評価していきたいと考えている.そして,将来の大地震の揺れの精密な予測にも繋げていきたい.

謝辞:本研究は,首都圏レジリエンスプロジェクトの一環として実施されています.