JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-TT 計測技術・研究手法

[M-TT51] 地球化学の最前線

コンビーナ:橘 省吾(東京大学大学院理学系研究科宇宙惑星科学機構)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター)、鍵 裕之(東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設)

[MTT51-P04] ラマン分光分析中の包有物のレーザー加熱に対する実験,光学,幾何学的パラメータの影響

*萩原 雄貴1吉田 健太2米田 明3鳥本 淳司2山本 順司1 (1.北海道大学、2.海洋開発研究機構、3.大阪大学)

キーワード:ラマン分光分析、レーザー加熱、流体包有物、鉱物包有物、メルト包有物、有限要素法

ラマン分光法は,その非破壊的な分析と高い空間分解能のため,現在では包有物研究のための最も汎用性の高い手法の一つとして確立されている.一般的に,定量分析に十分なS/N比を有する包有物のラマンスペクトルを効率的に得るためには,10–100 mWのレーザーパワーが必要であり,焦点でのエネルギー密度は数GW/cm2にも及ぶ.このような高い励起エネルギーは透明な物質の分析でさえホスト鉱物や包有物自体による光の吸収により,焦点位置で無視できない温度上昇をもたらす可能性がある.このような焦点位置での望ましくない加熱は,ラマンスペクトルの形状を変化させ,データの誤った解釈に繋がる可能性がある.しかし,この重要な実験パラメータである温度は,局所的な温度が実験条件,および試料の形状,光学特性,熱輸送特性に依存して複雑に振る舞うため,ラマン分光分析中に制御し,推定することが困難であった.ラマン分光法によって得られた包有物のデータを正しく解釈するためには,分析中の包有物の温度を決定し,その温度がどのように実験的,幾何学的,光学的パラメータの関数として支配されるかを明らかにする必要がある.
 そこで本研究では、様々なパラメータが包有物のレーザー加熱係数(B)(℃/mW)にどのような影響を与えるかを評価するため、2つの独立した実験と熱輸送シミュレーションを用いてBを決定した.シミュレーションは,空気/サンプル境界での球面収差の影響と集光ビームの3次元空間プロファイル全体を考慮して有限要素法により実施した.シミュレーションでは,鉱物の吸光係数や包有物の大きさ,深さなどのパラメータを包有物研究で起こりうる領域で変化させながらBを決定した.また実験では、カンラン石,直方輝石,単斜輝石,クロムスピネル,石英中の計21個のCO2-rich流体包有物のBを測定した.実験方法のうちの1つは、CO2のラマンスペクトルのホットバンドの温度依存性を利用して得られた包有物温度とレーザーパワーの線形フィッティングの傾きからBを推定する方法である.また,他方の方法では,均質化温度が室温よりもやや高い包有物を用いレーザー照射により流体を均質化するのに必要な最小レーザーパワーを求めることでBを推定した.その結果,スピネルのB値が最も高く(約6 ℃/mW),石英のB値が最も低い(約1×10−2 ℃/mW)ことが明らかになった.ホスト鉱物の吸収係数(aspinel = 20 と aquartz = 0.02 cm−1)とBは線形の相関を示し,ホスト鉱物の吸収係数(ah)が包有物の吸収係数(ainc)よりも大きい場合は,ahBに最も影響力のあるパラメータであることが明らかになった.包有物の大きさと深さの両方がBにほとんど影響しない一方で,ホスト鉱物の厚さと半径はBに大きく影響することが分かった.このことは,ある試料中で分析する包有物の大きさと深さの違いは,レーザー加熱によるラマンデータの系統的な誤差を引き起こさないが,ホスト鉱物の半径と厚さは試料間の系統的な誤差の原因となり得ることを示唆している.
 シミュレーション及び実測の結果は,包有物分析に典型的な10 mWのレーザーパワーでも,特にホスト鉱物の形状や光学特性に依存して,分析中に包有物温度が数十度から百度程度上昇する可能性があることを示している.従って,包有物のラマン分光分析から信頼性の高いデータを得るためには,レーザー加熱の影響を補正する必要がある.本発表では,レーザー加熱の影響が無視できない場合のラマンスペクトルデータの補正方法を提案する.