JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[E] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-MP 岩石学・鉱物学

[S-MP38] 変形岩・変成岩とテクトニクス

コンビーナ:中村 佳博(国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター)、針金 由美子(産業技術総合研究所)

[SMP38-P15] 四国三波川帯 石英エクロジャイトのラマン分光分析:藍晶石-石英系を用いた新しいラマン地質圧力計の可能性

*冨岡 優貴1纐纈 佑衣1田口 知樹2 (1.名古屋大学、2.京都大学)

キーワード:ラマン分光法、地質圧力計、高圧、藍晶石、石英

変成岩の形成温度圧力条件の推定には、共存鉱物間の化学平衡を利用した熱力学的手法が一般に用いられてきた。しかし、近年は包有鉱物が保持する残留圧力に着目して、ラマン分光法を応用した「ラマン地質温度圧力計」の開発が進んでいる。特に、ザクロ石中の石英包有物について、ラマンスペクトルのピークシフトから残留圧力を見積もり変成圧力に換算する「ザクロ石-石英ラマン圧力計」は有用な手法として提案されている(Enami et al., 2007_AM; Kouketsu et al., 2014_AM)。しかし、ホスト鉱物として用いられるザクロ石は固溶体を形成し、端成分ごとに異なる物性パラメータを有する。そのため、実際の測定値と、ザクロ石を端成分として仮定した数値計算の間には理論的誤差が生じるという問題点があった。そこで本研究ではザクロ石の代わりに、ホスト鉱物として藍晶石を用いた新しい系のラマン地質圧力計について検証した。藍晶石-石英系では固溶体について考慮する必要がなく、さらに藍晶石は広い温度圧力範囲で安定に存在するため、実用化されれば様々な地域の高圧変成岩に適用できる可能性がある。

分析試料として、四国中央部三波川帯権現地域に産する石英エクロジャイトを用いた。権現地域の石英エクロジャイトは、先行研究においてピーク変成温度圧力条件が2.3–2.4 GPa/675–740 ℃と見積もられている(Miyamoto et al., 2007_JMPS)。本研究では、権現山の尾根沿い1地点と、床鍋谷の沢沿い2地点から石英エクロジャイト5試料を採取した。また、Miyamoto et al. (2007)で記載された尾根沿いの2試料も分析に加えた。それぞれの試料について、厚さ100 μm程度の薄片を作製し、藍晶石ホストに完全に包有されている石英包有物についてラマン分光分析を行った。その結果、石英包有物237粒子のラマンスペクトルは、圧縮応力を示す高波数側へのピークシフトを示し、残留圧力値に換算すると0.16 GPaから0.89 GPaの幅広い値を示した。残留圧力のばらつきの原因について評価するため、石英包有物の粒径を計測したが、残留圧力との間に有意な相関は見られなかった。また、ラマンマッピングを行い、包有物内における残留圧力の分布を確認したが、ホスト鉱物との境界部を除いて顕著な偏りは見られなかった。そのため、値のばらつきが生じる要因として (1)石英包有物が幅広い温度圧力条件下で包有された、または、(2)岩体の上昇時に藍晶石中のクラックが塞がり、当時の温度圧力条件を反映した可能性が考えられる。数値計算モデルを用いて残留圧力の最高値0.89 GPaから推定した変成条件は、先行研究(Miyamoto et al., 2007)の熱力学的解析によって見積もられた温度圧力範囲とよく一致する。よって、本研究で得られた藍晶石中の石英包有物が保持する残留圧力の最高値は、変成ピーク条件を保持していると考えられる。また、石英エクロジャイトを採取した3か所のサンプル採取地点を区別し、各地点における最高残留圧力値から計算した変成条件も、先行研究で提案されているピーク変成条件と調和的である。それゆえ、権現地域に産する石英エクロジャイトが広域的に収束域深部まで沈み込んでいたことが示唆される。

本研究によって、藍晶石はホスト鉱物としての条件を満たしており、藍晶石-石英系を用いてピーク変成条件を推定できることが示された。しかしながら、現時点では藍晶石及び石英の物性パラメータの結晶方位異方性が残留圧力に与える影響は未検証である。また、限られた測定結果から最高値を選択することで変成条件を過小見積もりする可能性もある。今後はそれらの改善点を踏まえ、より信頼性の高い地質圧力計の開発に向けて研究を進める必要がある。