JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[E] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS03] Seismological advances in the ocean

コンビーナ:利根川 貴志(海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター)、悪原 岳(東京大学地震研究所)、Pascal Audet(University of Ottawa)、平 貴昭(カリフォルニア大学バークレー校地震研究所)

[SSS03-01] S-net稠密広域海底圧力観測網が捉えたミリメートル津波記録:M6地震断層モデルと応力降下量の推定

★招待講演

*久保田 達矢1齊藤 竜彦1鈴木 亘1 (1.防災科学技術研究所)

キーワード:S-net、海底圧力計、津波、プレート境界型地震、断層モデル、応力降下量

これまで,M7程度の地震に伴う津波は沖合の海底圧力計によって観測され,その記録から推定された震源断層モデルをもとに地震発生の物理の研究が進んできた (e.g., Satake et al. 2013; Gusman et al. 2015; Heidarzadeh et al. 2016; Kubota et al. 2019).しかし,従来の沖合津波観測網は数が少なく震源域から離れていることが多く,M6程度の地震による津波を十分な品質で観測することは困難であった.沖合津波記録からM6程度の地震の断層モデルを高い精度で推定するには,震源の近傍に多数の観測点が展開されていることが必要である.近年,防災科学技術研究所により,日本海溝海底地震津波観測網(S-net) が展開された (Kanazawa et al. 2016).2016年8月20日に,津波地震と考えられている1896年明治三陸地震 (Kanamori 1972; Tanioka & Satake 1996; Satake et al. 2017) の震源域の北限付近においてMw 6.0の低角逆断層型地震が発生し,本観測網の海底圧力計が振幅1cmに満たない小規模な津波 (以後,ミリメートル津波) を観測した.本研究では,S-net観測網で記録されたミリメートル津波記録から本イベントの断層モデルを詳細に推定して得られたモデルから周辺との地震活動との関係を議論する.

まず,S-net水圧記録に周期100–1000 sのバンドパスフィルタを適用し,津波成分の抽出を試みた.S/N比が悪く各々の単独の波形から津波を同定するのは困難であるが,震央からの時空間的配置にそって波形を並べたところ,震源域から陸に向かって~0.1 km/sで伝播する波が確認できた.また,震源のごく近傍にあるいくつかの観測点では,地震発生時刻に大きな水圧のステップが観測された.例えば,震央に最も近い (~10 km) 観測点S4N10では,地震前後で~20 hPa の圧力増が観測された.この増圧は地殻変動に換算して20cmの沈降となり,M6程度の地震にしては大きい.Takagi et al. (2019) は同観測点に併設の加速度計から地震前後でセンサが5.72° 回転したことを明らかにした.これを踏まえると,このステップはノイズであると思われる.

続いて,津波記録の逆解析により初期津波波高 (津波波源) 分布を推定した.推定された分布は水平方向に約40kmの空間広がりを持ち,GCMTによるセントロイドからおよそ10km西側に分布する.さらに,震源域から遠く離れた (> ~100 km) 津波計のみを用いて津波波源の推定を試みたところ,水平位置は近傍の記録から得られた分布とほぼ同位置に得られたが,変動した海水の総体積量は約2倍となり,M6地震から期待される変動よりはるかに大きい.このことから,より詳細な断層モデルを推定するには,近地の津波記録が不可欠である (Inazu & Saito 2014; Kubota et al. 2019).

最後に,津波記録を再現する一様すべりを持つ1枚矩形断層モデルを推定した.推定の結果,M0 = 1.4 × 1018 Nm (Mw 6.0),応力降下量は1.5 MPaが得られた.この応力降下量は一般的なプレート境界型地震で期待される程度の値となり,誤差を考慮しても応力降下量のとりうる下限は0.7 MPaとなり,1896年明治三陸地震のような津波地震において期待される応力降下量 (≪ ~1 MPa, e.g., Kanamori and Anderson 1975) ほど小さくないと考えられる.また,推定された断層モデルを周辺で発生するスロー地震活動 (Matsuzawa et al. 2015; Nishikawa et al. 2019; Tanaka et al. 2019) の領域とは重ならなかった.

本研究の結果は,S-netの津波観測網により沖合のミリメートルスケールの津波の検知性能が劇的に向上し,M6程度の地震の断層のサイズを高い精度で推定できるようになったことを示している.今後,S-netによって震源域のごく近傍で小規模な地震に伴う津波が検知されるようになると考えられる.多数の震源断層モデルを詳細に推定できれば,東北沖プレート境界における応力降下量および力学的性質の時間・空間的な不均質性を,これまで以上に高い解像度で明らかにできるようになると期待される.