JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS11] 地殻構造

コンビーナ:中東 和夫(東京海洋大学)

[SSS11-P02] S波スプリッティング解析を用いたスラブ起源流体の移行経路推定の試み

*平塚 晋也1浅森 浩一1雑賀 敦1 (1.日本原子力研究開発機構)

キーワード:S波スプリッティング解析、S波偏向異方性、スラブ起源流体

1.はじめに
 西南日本に位置する紀伊半島では、非火山地域であるにも関わらず、高温の温泉が湧出することが知られている。温泉水や遊離ガスのヘリウム同位体比(3He/4He)の分布を調査した研究によれば、紀伊半島の幅広い地域にわたって高いヘリウム同位体比が観測されており、沈み込むフィリピン海スラブから脱水した流体がマントルウェッジ内を通過し、地殻内の既存断層などを利用して地表付近にまで上昇している可能性が指摘されている(Morikawa et al., 2016)。また、紀伊半島を北西‐南東方向に横断する測線において推定された地震波速度構造によれば、沈み込むフィリピン海スラブから脱水した流体はスラブ直上のマントルウェッジを蛇紋岩化させ、さらに地殻内に上昇し、和歌山市付近に見られる非火山性群発地震の発生に寄与していると考えられている(Kato et al., 2014)。その可能性は、地磁気地電流(Magnetotelluric; MT)法を用いた電磁探査によって沈み込むフィリピン海スラブ直上のマントルウェッジ内に低比抵抗体の存在が認められていることからも支持される(Umeda et al., 2006)。地殻内におけるスラブ起源の流体の上昇経路としては、既存断層やクラックが高密度に発達した領域が考えられ、そうした領域は周囲に比べてより強い地震波速度異方性を示すと期待される。本研究では、S波スプリッティング解析を用いてスラブ起源流体の上昇経路となり得る既存の断層やクラックが高密度に発達した領域の具体的な性状の推定を試みた。

2.データと解析手法
 解析の対象とした観測点は、防災科学技術研究所(NIED)の高感度地震観測網(Hi-net)、東京大学地震研究所(ERI)、気象庁(JMA)、および産業技術総合研究所(GSJ)が運用する46点である。解析に用いた地震は、2004年4月から2009年3月までの5年間に、紀伊半島とその周辺の深さ80km以浅で発生したマグニチュード1.5~3.5の地震である。解析には、Silver and Chan (1991)の手法を用いた。なお、S波が地表面に入射した時に生じるP波への変換波がS波到達時の位相を乱す可能性(Booth and Crampin, 1985)を避けるため、鉛直下向きから測った波線の入射角が35°以内となる地震と観測点の組み合わせのみを解析の対象とした。

3.結果
 紀伊半島南部における速いS波の振動方向(φ)は、北西‐南東方向に卓越する傾向が認められた。この方向は、南海トラフにおけるフィリピン海プレートの沈み込み方向にほぼ平行であることから、プレートの沈み込みに伴う圧縮応力により、開口クラックが北西‐南東方向に配列していることを示していると考えられる。これに対し、和歌山県中部から奈良県南西部にかけての地域においては、東北東‐西南西方向を向くものも認められる。速いS波が到達してから遅いS波が到達するまでの時間差(dt)の分布については、三次元波線追跡によって計算される波線の伝播距離の長さで規格化した値の比較に基づき、地殻内の方がマントルウェッジ内に比べより強い異方性を示す傾向が認められた。また、特に大きな到達時間差(dt)を示す波線は、和歌山県中部から奈良県南西部にかけての地域に集中する傾向が見られた。

謝辞:
 解析には、防災科学技術研究所(NIED)の高感度地震観測網(Hi-net)、東京大学地震研究所(ERI)、気象庁(JMA)、及び産業技術総合研究所(GSJ)の観測点で収録された連続波形データを用いた。本報告は、経済産業省資源エネルギー庁からの委託事業である「平成31年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」の成果の一部である。

引用文献:
Booth, D. C. and S. Crampin, 1985, Geophys. J. R. astr. Soc., 83, 31-45.
Kato et al., 2014, Earth Planets Space, 66:86.
Morikawa et al., 2016, Geochimica et Cosmochimica Acta, 182, 173-196.
Silver, P. G. and W. W. Chan, 1991, J. Geophys. Res., 96, 16,429-16,454.
Umeda et al., 2006, J. Volcanol. Geotherm. Res., 149, 47-61.