JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS15] 地震発生の物理・断層のレオロジー

コンビーナ:吉田 圭佑(東北大学理学研究科附属地震噴火予知研究観測センター)、岡崎 啓史(海洋研究開発機構)、金木 俊也(京都大学防災研究所)、野田 博之(京都大学防災研究所)

[SSS15-29] 破壊力学に基づいた南海トラフプレート境界地震の発生シナリオ:地震発生の必要条件の検討

*野田 朱美1齊藤 竜彦1福山 英一1,2浦田 優美1 (1.国立研究開発法人防災科学技術研究所、2.京都大学大学院工学研究科)

キーワード:地震シナリオ、プレート境界型地震、南海トラフ沈み込み帯、断層の破壊力学、断層すべりのエネルギーバランス

プレート境界地震のシナリオは、従来、過去に発生した地震の経験的情報に基づいて構築されることが多かったが、GNSS等の測地観測システムの拡充によりプレート境界のすべり遅れ速度分布の推定が可能となり、測地観測に基づいたシナリオ構築が行われるようになってきた。その構築方法は大きくkinematic modeling と dynamic modeling の2種類に分類される。Kinematic modeling では、推定されたすべり遅れ速度に蓄積年数をかけることによりすべりモデルが求められる (e.g., Baranes et al. 2018 GRL; Watanabe et al, 2018 JGR)。この方法はモデル化が簡単である一方、すべりモデルが必ずしも断層破壊の力学的プロセスと整合しないという問題がある。一方、動力学的シミュレーションにより震源モデルを構築するdynamic modelingでは破壊力学との整合性は保証されるものの、計算負荷が大きいという弱点がある (e.g., Hok et al., 2011 JGR; Lozos et al., 2015 GRL; Yang et al., 2019 JGR)。特に、正確な推定が難しい摩擦パラメータに関してパラメータスタディを行う際、計算負荷の問題はモデル構築の障害となり得る。

本研究では、kinematic modeling と dynamic modeling の中間に位置付けられる新たなシナリオ構築手法を提案する。震源モデルを静的なすべり分布として与えることにより計算負荷を大幅に軽減するとともに、破壊力学との整合性をせん断破壊に伴うエネルギー収支によって評価する。本講演では、提案手法を南海トラフのプレート境界型地震に適用した結果を紹介する。

先ず、プレート間すべり遅れ速度の推定結果(Noda et al. 2018 JGR)からプレート境界のせん断応力の蓄積速度を求めた。地震間に蓄積したせん断応力が地震時に完全に解放されるという仮定の下、せん断応力蓄積速度と蓄積時間の積を地震時の応力降下量とした。そして、その応力降下量を満たす地震時すべり分布をインバージョンにより推定した。この手順を様々な蓄積時間、震源域に対して適用することにより、複数のシナリオを作成した。

次に、各シナリオに対してエネルギーバランスの観点から破壊力学との整合性を検討した。地震により解放される歪みエネルギーの一部が断層面での摩擦により散逸するという関係を考慮すると、解放されるエネルギーから散逸するエネルギーを差し引いた残差のエネルギーは、必ず正の値となるはずである。そこで、解放される歪みエネルギーと摩擦により散逸するエネルギーをそれぞれ見積り、残差のエネルギーが正となることが地震発生のための必要条件と考えて、シナリオの実現性を検討した。観測結果と整合するようなすべり弱化摩擦則(Hok et al., 2011 JGR)を設定した場合、available energyは時間の2乗に比例して増加し、fracture energyは時間(地震モーメント)に比例して増加する。そのため、前回の地震イベントの直後は散逸するエネルギーより解放されるエネルギーの方が小さくなるため地震発生の必要条件を満たさないが、時間が経過すると必ず解放されるエネルギーが支配的となり、地震が発生するようになる。このことは、歪みエネルギー(すべり遅れ)の蓄積は必ずしも地震の発生に直結せず、大地震が発生するには或る一定レベルのエネルギー蓄積が必要であることを意味している。