[SVC47-P03] 洞爺カルデラ噴火の年代値
キーワード:洞爺カルデラ、イグニンブライト、洞爺火山灰、MIS 5d (5.4)、絶対年代、相対年代
1.はじめに
洞爺カルデラ噴火は日本有数の巨大噴火であり,大規模火砕流 (洞爺イグニンブライト;>36.8 km3; Goto et al., 2018) とともに,大量の広域火山灰 (Toya; >150km3; 町田・他, 1987; 宝田, 2019) を放出した.このToya火山灰は,北日本における代表的な指標テフラの一つとなっている.Toyaの噴出年代については,絶対年代 (放射年代) および相対年代 (段丘面や深海底コアの層凖) としていくつかの値が提案されているが,いずれも概ね11万年前という値を与える (後述).しかし詳細な年代を議論しようとした際には,研究者によって引用する年代が異なるなど,多少の混乱も見受けられる.Toya火山灰は,約11万年前,あるいは海洋酸素同位体ステージMIS 5d (5.4) の等時間面として広く利用されていることから (e.g., 工藤, 2018),その正確な年代を知ることによる波及効果は大きい.そこで今回,これまで得られている年代値の根拠や信頼性について比較検討を行った (東宮・宮城, 2020).
2.絶対年代
初期に試みられた14C年代の測定 (e.g., 湊, 1966) は,14Cの半減期 (5730年; Godwin, 1962) より噴火年代がはるかに古いために適切な値を得ていない.また,K-Ar年代は逆に40Arの半減期 (12.48億年; Kossert and Günter, 2004) よりはるかに若いために報告例がない.はじめに報告されたのはジルコンのFT (フィッショントラック) 年代の0.13±0.03 Ma である (奥村・寒川, 1984).一方,石英のTL (熱ルミネッセンス) 年代測定も行われ,0.103〜0.134 Ma (誤差±30%程度; 高島・他, 1992) が得られた.石英についてはこの後,SAR-RTL年代としてまず113±13〜132±15 ka (鴈澤・他, 2007) が,その改訂版として104±15〜118±15ka (Ganzawa and Ike, 2011) が得られている.最近,レーザーアブレーションICP-MSでジルコンのU-PbおよびU-Th年代の高精度測定が可能となり,それぞれ0.11±0.01 Maおよび108±19 ka が報告されている (Ito, 2014).これらより,絶対年代はおよそ11万年前 (誤差1〜2万年) を与えることがわかる.
3.相対年代とその換算値
Toya火山灰は最終間氷期MIS 5e (5.5) の段丘面を覆い,次の高海水準期MIS 5c (5.3) の段丘堆積物よりは古いため,MIS 5d (5.4) に降下したと考えられている (町田・他, 1987; 町田・新井, 2003).町田・新井 (2003) は,後述の深海底コアの情報 (白井, 2001) も加味し,Toyaの年代を112〜115 kaとした.この値は多くの研究者により引用されている.
一方,海底堆積物のボーリングコアの層凖に基づきToyaの年代を推定した例として,まず白井・他 (1997) および白井 (2001) がある.この研究では,日本海ODP794地点で見つかったToyaの層凖を,コアの縞模様の対比を介して,近隣のボーリングコアの酸素同位体比変動曲線に間接的に投影することで,その年代を112 kaと推定した.このとき,酸素同位体比変動曲線の年代モデルはBassinot et al. (1994) のもの (MIS 5.4のピーク年代は106 ka) が適用された.
その後Matsu'ura et al. (2014) は,太平洋C9001C地点で見つかったToyaについて,同地点で得られた酸素同位体比変動曲線 (堂満・他, 2010; Domitsu et al., 2011) と比較し,それがMIS 5.4であることを直接的に示した.そしてToyaの年代として,Bassinot et al. (1994) の与えるMIS 5.4のピーク年代106 kaを採用したとのことである (松浦, 私信).
4.Toyaの年代値の再検討
C9001C地点のコアを詳しくみると,Toyaの層凖は同曲線のMIS 5.4のピークよりやや上位である (若い).この地点の海底堆積物の堆積速度は比較的大きく,生物擾乱の影響を受けにくいことから,ToyaはMIS 5.4のピーク年代より若いことは事実だろうとのことである (堂満, 私信).北海道の花粉分析からも,Toyaの堆積は寒冷・乾燥期を経た後,つまりMIS 5.4のピーク後と推定されている (Ooi et al., 1997).
また,酸素同位体比変動曲線の年代モデルにはいくつかのものがあり,Bassinot et al. (1994) は300 kaより若い年代の精度が高くないとされる (Waelbroeck et al., 2002).最近発表されたLisiecki and Raymo (2005) やThompson and Goldstein (2006) によれば,MIS 5.4のピーク年代は109 kaであり,こちらを採用するのが適切と考えられる.このピーク年代と,C9001C地点で得られた酸素同位体比変動曲線およびToyaの層凖を考慮すると,Toyaの年代としては「約106 ka」が妥当であろう.仮にToyaとMIS 5.4のピーク年代との前後関係が不明であるとしても,109±ca.3 ka 程度と考えられる.これら年代は,前述の絶対年代とも良く合っている.
[詳細情報:東宮昭彦・宮城磯治 (2020) 洞爺噴火の年代値. 火山, 65(1), 印刷中. ]
洞爺カルデラ噴火は日本有数の巨大噴火であり,大規模火砕流 (洞爺イグニンブライト;>36.8 km3; Goto et al., 2018) とともに,大量の広域火山灰 (Toya; >150km3; 町田・他, 1987; 宝田, 2019) を放出した.このToya火山灰は,北日本における代表的な指標テフラの一つとなっている.Toyaの噴出年代については,絶対年代 (放射年代) および相対年代 (段丘面や深海底コアの層凖) としていくつかの値が提案されているが,いずれも概ね11万年前という値を与える (後述).しかし詳細な年代を議論しようとした際には,研究者によって引用する年代が異なるなど,多少の混乱も見受けられる.Toya火山灰は,約11万年前,あるいは海洋酸素同位体ステージMIS 5d (5.4) の等時間面として広く利用されていることから (e.g., 工藤, 2018),その正確な年代を知ることによる波及効果は大きい.そこで今回,これまで得られている年代値の根拠や信頼性について比較検討を行った (東宮・宮城, 2020).
2.絶対年代
初期に試みられた14C年代の測定 (e.g., 湊, 1966) は,14Cの半減期 (5730年; Godwin, 1962) より噴火年代がはるかに古いために適切な値を得ていない.また,K-Ar年代は逆に40Arの半減期 (12.48億年; Kossert and Günter, 2004) よりはるかに若いために報告例がない.はじめに報告されたのはジルコンのFT (フィッショントラック) 年代の0.13±0.03 Ma である (奥村・寒川, 1984).一方,石英のTL (熱ルミネッセンス) 年代測定も行われ,0.103〜0.134 Ma (誤差±30%程度; 高島・他, 1992) が得られた.石英についてはこの後,SAR-RTL年代としてまず113±13〜132±15 ka (鴈澤・他, 2007) が,その改訂版として104±15〜118±15ka (Ganzawa and Ike, 2011) が得られている.最近,レーザーアブレーションICP-MSでジルコンのU-PbおよびU-Th年代の高精度測定が可能となり,それぞれ0.11±0.01 Maおよび108±19 ka が報告されている (Ito, 2014).これらより,絶対年代はおよそ11万年前 (誤差1〜2万年) を与えることがわかる.
3.相対年代とその換算値
Toya火山灰は最終間氷期MIS 5e (5.5) の段丘面を覆い,次の高海水準期MIS 5c (5.3) の段丘堆積物よりは古いため,MIS 5d (5.4) に降下したと考えられている (町田・他, 1987; 町田・新井, 2003).町田・新井 (2003) は,後述の深海底コアの情報 (白井, 2001) も加味し,Toyaの年代を112〜115 kaとした.この値は多くの研究者により引用されている.
一方,海底堆積物のボーリングコアの層凖に基づきToyaの年代を推定した例として,まず白井・他 (1997) および白井 (2001) がある.この研究では,日本海ODP794地点で見つかったToyaの層凖を,コアの縞模様の対比を介して,近隣のボーリングコアの酸素同位体比変動曲線に間接的に投影することで,その年代を112 kaと推定した.このとき,酸素同位体比変動曲線の年代モデルはBassinot et al. (1994) のもの (MIS 5.4のピーク年代は106 ka) が適用された.
その後Matsu'ura et al. (2014) は,太平洋C9001C地点で見つかったToyaについて,同地点で得られた酸素同位体比変動曲線 (堂満・他, 2010; Domitsu et al., 2011) と比較し,それがMIS 5.4であることを直接的に示した.そしてToyaの年代として,Bassinot et al. (1994) の与えるMIS 5.4のピーク年代106 kaを採用したとのことである (松浦, 私信).
4.Toyaの年代値の再検討
C9001C地点のコアを詳しくみると,Toyaの層凖は同曲線のMIS 5.4のピークよりやや上位である (若い).この地点の海底堆積物の堆積速度は比較的大きく,生物擾乱の影響を受けにくいことから,ToyaはMIS 5.4のピーク年代より若いことは事実だろうとのことである (堂満, 私信).北海道の花粉分析からも,Toyaの堆積は寒冷・乾燥期を経た後,つまりMIS 5.4のピーク後と推定されている (Ooi et al., 1997).
また,酸素同位体比変動曲線の年代モデルにはいくつかのものがあり,Bassinot et al. (1994) は300 kaより若い年代の精度が高くないとされる (Waelbroeck et al., 2002).最近発表されたLisiecki and Raymo (2005) やThompson and Goldstein (2006) によれば,MIS 5.4のピーク年代は109 kaであり,こちらを採用するのが適切と考えられる.このピーク年代と,C9001C地点で得られた酸素同位体比変動曲線およびToyaの層凖を考慮すると,Toyaの年代としては「約106 ka」が妥当であろう.仮にToyaとMIS 5.4のピーク年代との前後関係が不明であるとしても,109±ca.3 ka 程度と考えられる.これら年代は,前述の絶対年代とも良く合っている.
[詳細情報:東宮昭彦・宮城磯治 (2020) 洞爺噴火の年代値. 火山, 65(1), 印刷中. ]