16:15 〜 16:30
[AAS10-10] 成層圏突然昇温が熱帯対流活動および台風に与える影響についての数値実験
★招待講演
キーワード:成層圏-対流圏結合、台風
成層圏突然昇温(SSW)として知られる成層圏周極渦の弱化イベントは、Brewer-Dobson循環の強化を伴い、熱帯域成層圏での降温を引き起こすことが知られている。近年、この影響がさらに下方の対流圏にまで及ぶとの指摘が、いくつかの先駆的な研究によりなされてきた。ここに、極渦と熱帯低気圧(台風)というスケールのかけ離れた渦の繋がりが生じる可能性がある。しかしながら、この極域と比べればわずかな温度変化が、熱帯域で独自の大きな変動を形成している対流システムに影響しているとは、にわかには信じがたいであろう。
そこで、この影響を明示するために、アンサンブル積分と循環場拘束とを組み合わせた数値実験的アプローチが取られた。これは、アンサンブル積分において、SSWの有無を成層圏循環場の規定(再解析データへのナッジング)によって生み出し、それらアンサンブル間の差異として現れるSSWの影響が、どの程度の大きさ・頑健さを持つのかを確認するというものである。そして、Noguchi et al. (2020) は、2019年に南半球で生じたSSWを対象とした大気大循環モデルによる予測実験において、このアプローチを取り、特に(Hadley循環の上昇流域にあたる)熱帯域の北半球側において、有意な対流活動の強化が現れることを示した。この結果は、中高緯度におけるSSW後の環状モード偏差の下方伝播と同様の、季節予測における精度向上への期待を、熱帯域における成層圏-対流圏結合変動に対しても抱かせるものである、と言える。しかしながら、この実験は、あくまで季節予測程度の水平解像度設定であったため、個々の対流システム(特に台風など)を十分に表現できるようなものではない点には注意が必要である。
その一方で、成層圏における寒冷化トレンドと台風の最大発達強度の増加トレンドとの関わりから、上部対流圏・下部成層圏における温度の差異が台風強度に与える影響に関しても、近年いくつかの研究がなされている。そこでは、主に軸対称などの仮定のもとに台風が環境場に応じて発達できる限界強度を見積もる理論に沿って、長期的な放射強制力の変化に対する応答が議論される。上記文脈を踏まえると、これらと短期的力学イベントによってもたらされる成層圏循環変動(SSWに伴う下部成層圏にかけての温度変化)との接続、および実際の台風事例における影響評価が望まれる。
このような認識に基づき、本研究では、領域非静力学モデルを用いた台風の再現実験において、上述のアンサンブル積分と循環場拘束のアプローチを拡張し、台風の発達強度や構造に対して、成層圏温度場の差異がどの程度の影響を与えるのかを調査した。対象事例は、日本の南海上で発生・急発達し、日本に上陸して甚大な被害をもたらしたことで記憶に新しい、2019年台風19号(Hagibis)とした。ここでは特に、空間波数帯を限定した大規模循環場拘束を活用して、各アンサンブルでの台風進路の再現性を担保しつつ、SSWの有無に相当する下部成層圏温度偏差を与えることによって、この台風の発達挙動の変化を確認した。アンサンブル間の差異を吟味した結果、SSWに伴う低温偏差を打ち消した場合には、最盛期における中心気圧が数hPa上昇するなど、上記の発達強度理論と整合的な台風強度の低下がみられることがわかった。また、台風の構造にも背が低くなるなどの変化がみられ、それらは地球温暖化に対する台風の応答の文脈で得られている知見と整合的であった。
以上のように、ある程度の工夫を加えた数値実験的アプローチを取ることで、実際の事例を対象として、成層圏周極渦の弱化(SSW)と台風の強化という、スケールのかけ離れた渦の間の繋がりを垣間見ることができる。これにより成層圏からの影響過程を因果関係を押さえながら確認することが可能である。しかしながら、例えば、循環場拘束仕様の策定には細心の注意が必要であり、発表ではこの点についても触れたい。
参考文献:
Noguchi et al. (2020) https://doi.org/10.1029/2020GL088743
そこで、この影響を明示するために、アンサンブル積分と循環場拘束とを組み合わせた数値実験的アプローチが取られた。これは、アンサンブル積分において、SSWの有無を成層圏循環場の規定(再解析データへのナッジング)によって生み出し、それらアンサンブル間の差異として現れるSSWの影響が、どの程度の大きさ・頑健さを持つのかを確認するというものである。そして、Noguchi et al. (2020) は、2019年に南半球で生じたSSWを対象とした大気大循環モデルによる予測実験において、このアプローチを取り、特に(Hadley循環の上昇流域にあたる)熱帯域の北半球側において、有意な対流活動の強化が現れることを示した。この結果は、中高緯度におけるSSW後の環状モード偏差の下方伝播と同様の、季節予測における精度向上への期待を、熱帯域における成層圏-対流圏結合変動に対しても抱かせるものである、と言える。しかしながら、この実験は、あくまで季節予測程度の水平解像度設定であったため、個々の対流システム(特に台風など)を十分に表現できるようなものではない点には注意が必要である。
その一方で、成層圏における寒冷化トレンドと台風の最大発達強度の増加トレンドとの関わりから、上部対流圏・下部成層圏における温度の差異が台風強度に与える影響に関しても、近年いくつかの研究がなされている。そこでは、主に軸対称などの仮定のもとに台風が環境場に応じて発達できる限界強度を見積もる理論に沿って、長期的な放射強制力の変化に対する応答が議論される。上記文脈を踏まえると、これらと短期的力学イベントによってもたらされる成層圏循環変動(SSWに伴う下部成層圏にかけての温度変化)との接続、および実際の台風事例における影響評価が望まれる。
このような認識に基づき、本研究では、領域非静力学モデルを用いた台風の再現実験において、上述のアンサンブル積分と循環場拘束のアプローチを拡張し、台風の発達強度や構造に対して、成層圏温度場の差異がどの程度の影響を与えるのかを調査した。対象事例は、日本の南海上で発生・急発達し、日本に上陸して甚大な被害をもたらしたことで記憶に新しい、2019年台風19号(Hagibis)とした。ここでは特に、空間波数帯を限定した大規模循環場拘束を活用して、各アンサンブルでの台風進路の再現性を担保しつつ、SSWの有無に相当する下部成層圏温度偏差を与えることによって、この台風の発達挙動の変化を確認した。アンサンブル間の差異を吟味した結果、SSWに伴う低温偏差を打ち消した場合には、最盛期における中心気圧が数hPa上昇するなど、上記の発達強度理論と整合的な台風強度の低下がみられることがわかった。また、台風の構造にも背が低くなるなどの変化がみられ、それらは地球温暖化に対する台風の応答の文脈で得られている知見と整合的であった。
以上のように、ある程度の工夫を加えた数値実験的アプローチを取ることで、実際の事例を対象として、成層圏周極渦の弱化(SSW)と台風の強化という、スケールのかけ離れた渦の間の繋がりを垣間見ることができる。これにより成層圏からの影響過程を因果関係を押さえながら確認することが可能である。しかしながら、例えば、循環場拘束仕様の策定には細心の注意が必要であり、発表ではこの点についても触れたい。
参考文献:
Noguchi et al. (2020) https://doi.org/10.1029/2020GL088743