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[ACC29-02] 最終氷期における南極ドームふじ氷床コアの硫酸塩エアロゾルの硫黄同位体を用いた起源推定:アタカマ砂漠からの寄与の可能性
キーワード:アイスコア、同位体、南極、砂漠
大気中のエアロゾルは、放射及び雲との相互作用を通じて地球の放射収支を変化させることで、気候に影響を与える。南極アイスコアのデータは、不溶性ダストの沈着量は、最終氷期最大期(LGM)には現在よりも10〜25倍も多かったことを示している。しかし、南極アイスコアに保存された水溶性エアロゾルである硫酸エアロゾルの沈着量は、氷期から間氷期サイクルにおける変動量が小さい。現在気候においては、南極氷床上への硫酸エアロゾルの主な前駆物質は海洋プランクトンを起源とするジメチルスルフィド(DMS)である。このことから、氷期サイクルにおいて沈着量が安定していた原因は、南極周辺海域でのDMS排出量の変動が小さかったからであると解釈されることが多い(Wolf et al., 2006)。最近の研究では、氷期には陸域の硫酸カルシウム(石膏(CaSO4・2H2O)や無水石膏(CaSO4))が硫酸エアロゾルの起源であったという説も提唱されている(Goto-Azuma et al., 2019)。後者の仮説の問題点としては、陸域の硫酸カルシウム存在量は平均的には非常に低い点が挙げられ、陸域からの供給源地域は未解明である。本研究では、これらの議論に新たな制約を与えるために、南極ドームふじ氷床コアの硫酸エアロゾル硫黄同位体(34S)を分析・解析した(Uemura et al., 2022)。
ドームふじアイスコアの、硫黄同位体比はLGMに完新世と比較すると低い値を示し、陸域からの寄与と負の相関が見られた。この結果は、LGMに陸域起源の硫酸エアロゾルが増加したという仮説を支持するが、海洋生物起源の硫酸塩が一定であるという仮説は支持しない。
さらに、潜在的な供給源地域を探索するために、過去の研究で報告されている地表の硫酸カルシウムの硫黄同位体比をコンパイルし、南米大陸における鉱物分布も併せて解析した。DFアイスコアのデータは、LGM期の供給源地域は、SO42-/Ca2+比が地表平均値よりも著しく高く、硫黄同位体値が低い、という特徴があることを示唆している。前者の比率は石膏や無水石膏の存在を示唆している。通常は地表の石膏類は降水とともに溶出するが、降水量が極端に少ない乾燥した砂漠地域において地表に偏在しており、砂漠地域が供給源地域であると推定できる。また、乾燥地域の石膏の硫黄同位体比の分析値は、全体として極めて幅広い値(0 - 20‰)を取ることが分かった。CaSO4の硫黄元素が海洋起源の場合は高い値、火山地域で地殻起源の場合は低い値をとる傾向がある。CaSO4の硫黄同位体比が低い値を示す主要な地域は南米の火山地帯のうち、標高が高く海洋の影響が少ない地域である。これらの検討から、アイスコアのデータ(同位体比、化学成分の比)と一致する地域は南米アタカマ砂漠の高地であることがわかった。供給源地域の地球化学データ(特に硫黄同位体比)が限られているため、他の地域からの寄与の可能性をすべて排除することはできない。例えば、アタカマ砂漠と隣接するPuna- Altiplano地域も化学データが似ていると推測されるため、有力な供給源である。
これらの結果は、氷床コアの硫酸塩フラックス記録と気候との関係の解釈に、硫酸塩供給源の変化の推定が大きく影響することを示している。また、LGMにおけるエアロゾルの起源として、砂漠表面に存在する水溶性塩が南極氷床に飛来していたことを示唆しており、南極アイスコアのイオンデータを解釈する際には、これまで軽視されてきた遠方の砂漠起源の寄与を考慮する必要がある。
文献
Wolf et al., (2006) Southern Ocean sea-ice extent, productivity and iron flux over the past eight glacial cycles, Nature, 440 (2006), pp. 491-496
Goto-Azuma et al. (2019), Reduced marine phytoplankton sulphur emissions in the Southern Ocean during the past seven glacials, Nat. Commun., 10, 3247
Uemura et al. (2022), Soluble salts in deserts as a source of sulfate aerosols in an Antarctic ice core during the last glacial period, Earth and Planetary Science Letters, 578, 117299, https://doi.org/10.1016/j.epsl.2021.117299
ドームふじアイスコアの、硫黄同位体比はLGMに完新世と比較すると低い値を示し、陸域からの寄与と負の相関が見られた。この結果は、LGMに陸域起源の硫酸エアロゾルが増加したという仮説を支持するが、海洋生物起源の硫酸塩が一定であるという仮説は支持しない。
さらに、潜在的な供給源地域を探索するために、過去の研究で報告されている地表の硫酸カルシウムの硫黄同位体比をコンパイルし、南米大陸における鉱物分布も併せて解析した。DFアイスコアのデータは、LGM期の供給源地域は、SO42-/Ca2+比が地表平均値よりも著しく高く、硫黄同位体値が低い、という特徴があることを示唆している。前者の比率は石膏や無水石膏の存在を示唆している。通常は地表の石膏類は降水とともに溶出するが、降水量が極端に少ない乾燥した砂漠地域において地表に偏在しており、砂漠地域が供給源地域であると推定できる。また、乾燥地域の石膏の硫黄同位体比の分析値は、全体として極めて幅広い値(0 - 20‰)を取ることが分かった。CaSO4の硫黄元素が海洋起源の場合は高い値、火山地域で地殻起源の場合は低い値をとる傾向がある。CaSO4の硫黄同位体比が低い値を示す主要な地域は南米の火山地帯のうち、標高が高く海洋の影響が少ない地域である。これらの検討から、アイスコアのデータ(同位体比、化学成分の比)と一致する地域は南米アタカマ砂漠の高地であることがわかった。供給源地域の地球化学データ(特に硫黄同位体比)が限られているため、他の地域からの寄与の可能性をすべて排除することはできない。例えば、アタカマ砂漠と隣接するPuna- Altiplano地域も化学データが似ていると推測されるため、有力な供給源である。
これらの結果は、氷床コアの硫酸塩フラックス記録と気候との関係の解釈に、硫酸塩供給源の変化の推定が大きく影響することを示している。また、LGMにおけるエアロゾルの起源として、砂漠表面に存在する水溶性塩が南極氷床に飛来していたことを示唆しており、南極アイスコアのイオンデータを解釈する際には、これまで軽視されてきた遠方の砂漠起源の寄与を考慮する必要がある。
文献
Wolf et al., (2006) Southern Ocean sea-ice extent, productivity and iron flux over the past eight glacial cycles, Nature, 440 (2006), pp. 491-496
Goto-Azuma et al. (2019), Reduced marine phytoplankton sulphur emissions in the Southern Ocean during the past seven glacials, Nat. Commun., 10, 3247
Uemura et al. (2022), Soluble salts in deserts as a source of sulfate aerosols in an Antarctic ice core during the last glacial period, Earth and Planetary Science Letters, 578, 117299, https://doi.org/10.1016/j.epsl.2021.117299