日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[E] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG38] 衛星による地球環境観測

2022年5月23日(月) 09:00 〜 10:30 104 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:沖 理子(宇宙航空研究開発機構)、コンビーナ:本多 嘉明(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)、高薮 縁(東京大学 大気海洋研究所)、コンビーナ:松永 恒雄(国立環境研究所地球環境研究センター/衛星観測センター)、座長:岡本 幸三(気象研究所)

09:15 〜 09:30

[ACG38-02] 気象衛星ひまわり8号の天文学的利用:恒星のモニタリング観測

*宇野 慎介1、谷口 大輔1山崎 一哉1西山 学1 (1.東京大学)


キーワード:気象衛星観測、ひまわり8号、天文学

静止気象衛星ひまわり8号の観測では、10分毎のフルディスクスキャンの際に、地球の縁から約1度以内の宇宙空間も撮像しており、そこに恒星や月、惑星などの明るい天体が写り込むことがある。ひまわり8号搭載の可視赤外放射計Advanced Himawari Imager (AHI) は可視光から近・中間赤外線までにわたる16バンドを同時撮像するため、写り込んだ天体に対してその時刻における多色同時測光画像が得られることになる。特に、地上からの天文観測が困難である6 – 7 µmの水蒸気バンドや9.6 µmのオゾンバンドをカバーしていること、また前身であるひまわり7号と比べて観測頻度とバンド数が大幅に向上したことなどの特徴を強みとして、気象衛星であるひまわり8号を天文学研究へと分野横断的に利活用できることが期待される。そこで本研究では、気象衛星を天文学観測研究に応用する初の実証実験として、ひまわり画像に写り込む恒星のモニタリング解析を試みた。
AHIの観測感度は地球面を撮像することに最適化されているため、測光できる恒星は可視光で約2等級以下の非常に明るいものに限られる。そこでまず、可視光で写る明るい恒星の抽出と測光を行った。位置合わせと放射量校正がなされたひまわり標準データを使用して、約2日に1回の頻度で写り込む各恒星に対して開口測光を実施した。この際、宇宙空間におけるバックグラウンド強度が、地球の縁からの動径距離、南北座標に依存していることが確認された。そこで星像周囲の輝度を多項式曲面でフィッティングしてバックグラウンドを差し引くことで、測光時のバイアスを軽減させた。
このようにして、ひまわり8号が運用を開始した2015年7月から2021年6月までの6年間に及ぶ光度曲線が得られた。このうち変光しない複数の恒星を用いて測光値の時間変動を評価したところ、2016年初頭までは系統的に大きなフラックスが得られていた。そのため、以降の解析には2017年から2021年までのデータを用いることとした。非変光星の一つであるリゲルについて、この期間内のフラックス平均値から得たスペクトルエネルギー分布は、各バンドにおいて文献値とよく一致することが分かった。
ひまわり8号は有名な赤色超巨星であるベテルギウスもその視野に捉えている。2020年初頭にはベテルギウスの明るさが一時的に1等級程度暗くなった「ベテルギウス大減光」と呼ばれる現象があり、その発生原因については議論が分かれていた。本研究では、ひまわり8号で得られたベテルギウスの全16バンドの光度曲線をモデルスペクトルと比較することで、表面温度の低下と星周ダストによる減光の両者が同程度に大減光に寄与している可能性が高いことを示した (Taniguchi, Yamazaki, Uno, submitted)。
更に、AHIの多色高頻度観測を利用して、赤外線域での天体の突発的な増光現象の探査を目的に検出天体のカタログ化を進めている。2020年1月のひまわり標準データを用いて、連続する複数の赤外バンドで同時検出された輝点の座標を抽出し、天球座標上での対応天体の有無を調べた。その結果、赤外バンドで感度が比較的高いバンド5 – 7から、約80個の既知の恒星が検出・同定された。また対応天体を持たない有意な検出は確認されなかったが、観測期間とバンド数を拡大して解析を続けている。
以上のように、先進的な気象衛星を一つの「宇宙望遠鏡」として利用することで、地球環境観測のみならず天文学・惑星科学領域においても科学的成果がもたらされつつある。本発表では、ひまわり8号の天文学観測研究における有用性について議論する。