09:30 〜 09:45
[ACG38-03] 気象衛星ひまわり8号の惑星科学的利用:月の赤外スペクトルと表層物性
キーワード:気象衛星、ひまわり8号、惑星科学、月、赤外スペクトル、画像解析
日本の静止気象衛星ひまわり8号の観測では、地球外に僅かに伸びたスキャン範囲内に月をはじめとした太陽系天体が写り込むことが知られている。ひまわり8号搭載可視赤外放射計(AHI)の高時空間分解能により、例えば、2015年の運用開始以来900回以上も月が写り込んでおり、赤外バンドにおいては解像度が月面上で23 km/pixに及ぶ。また、特にAHIの赤外9バンドはこれまでの宇宙空間での月周回探査では用いられていない波長を含み、月科学の新たなデータとして有用である。その上、他の深宇宙惑星探査機のキャリブレーション用データとしても活用できる可能性もある。しかしながら、AHIで撮像された赤外月画像を用いた惑星科学的研究は未だに試みられていない。そこで、本研究ではひまわり8号データでの月表層環境の解析と活用可能性の検討を行った。
本研究ではまず、2021年11月末までの全ひまわり標準データ(HSD)から月画像を抽出し、それぞれの画像中において月面座標との対応を行った。月画像のバックグラウンドと誤差の評価を行った上で、輝度値から月面上での輝度温度を計算し、NASAの月周回探査衛星Lunar Reconnaissance Orbiter搭載の放射計Divinerでの観測値と比較した。さらに、観測値と月の岩石・砂の温度シミュレーションの比較から、月表面の凹凸や岩石量の制約を行った。
AHIのバンド11(8.40 – 8.78 μm)とDivinerのチャンネル5(8.38 – 8.68 μm [1])での輝度温度を比較したところ、両者は非常によく一致した。HSDから得られる月赤道上の温度変化は、月の正午前後はカウントが飽和しているものの、朝・夕面についてはこれまでのDivinerの観測の標準偏差内に収まることが分かった。また、夜面についても積算することで温度曲線が得られ、Tychoクレーターなどの高温領域において両者は整合していることから、AHIのデータが他の探査機とのクロスキャリブレーションに十分利用可能であることが示された。
さらに、AHIの観測値において、朝・夕・夜面において輝度温度が波長に依存することが示された。これは1つのピクセル内に異なる温度の表面が存在し、両者の非線形な熱輻射が混合したこと生じる現象である。朝・夕面においては、HSDの解像度より十分に小さい月面上のmmスケールの凹凸によって太陽入射角が不均一になり、様々な温度が混在することで強い波長依存性が生じる[2]。実際にアポロ着陸地点で観測された平均凹凸傾斜角を用いたシミュレーションを行ったところ、数値計算結果はHSDと10 %以内で一致することが分かった。一方、夜面における波長依存性は岩石と砂の混合に起因すると解釈できる。砂は、岩石より熱慣性が小さいためより急速に冷める。その結果として生じる温度差は夜面では100 Kに及ぶ。岩石と砂の混合モデルと観測値の比較から、岩石量は赤道(緯度±10°以下)とTychoクレーターでそれぞれ0.18 – 0.48 %、5.6 – 10.4 %と得られた。この値は従来の月観測値[3]とも一致するため、AHIの多波長赤外観測から月面の岩石混合比の推定が可能であることが示唆された。
以上の結果のように、AHIのデータは月科学においても十分に利用可能である。本発表では、更なる惑星科学への応用も含めたAHIの惑星科学的有用性についても議論する。
[1] Paige D. A. et al. (2010) Space Sci. Rev., 150, 125-160.
[2] Bandfield J. L. et al. (2015) Icarus, 248, 357-372.
[3] Bandfield J. L. et al. (2011) J. Geophys. Res: Planets, 116, E00H02
本研究ではまず、2021年11月末までの全ひまわり標準データ(HSD)から月画像を抽出し、それぞれの画像中において月面座標との対応を行った。月画像のバックグラウンドと誤差の評価を行った上で、輝度値から月面上での輝度温度を計算し、NASAの月周回探査衛星Lunar Reconnaissance Orbiter搭載の放射計Divinerでの観測値と比較した。さらに、観測値と月の岩石・砂の温度シミュレーションの比較から、月表面の凹凸や岩石量の制約を行った。
AHIのバンド11(8.40 – 8.78 μm)とDivinerのチャンネル5(8.38 – 8.68 μm [1])での輝度温度を比較したところ、両者は非常によく一致した。HSDから得られる月赤道上の温度変化は、月の正午前後はカウントが飽和しているものの、朝・夕面についてはこれまでのDivinerの観測の標準偏差内に収まることが分かった。また、夜面についても積算することで温度曲線が得られ、Tychoクレーターなどの高温領域において両者は整合していることから、AHIのデータが他の探査機とのクロスキャリブレーションに十分利用可能であることが示された。
さらに、AHIの観測値において、朝・夕・夜面において輝度温度が波長に依存することが示された。これは1つのピクセル内に異なる温度の表面が存在し、両者の非線形な熱輻射が混合したこと生じる現象である。朝・夕面においては、HSDの解像度より十分に小さい月面上のmmスケールの凹凸によって太陽入射角が不均一になり、様々な温度が混在することで強い波長依存性が生じる[2]。実際にアポロ着陸地点で観測された平均凹凸傾斜角を用いたシミュレーションを行ったところ、数値計算結果はHSDと10 %以内で一致することが分かった。一方、夜面における波長依存性は岩石と砂の混合に起因すると解釈できる。砂は、岩石より熱慣性が小さいためより急速に冷める。その結果として生じる温度差は夜面では100 Kに及ぶ。岩石と砂の混合モデルと観測値の比較から、岩石量は赤道(緯度±10°以下)とTychoクレーターでそれぞれ0.18 – 0.48 %、5.6 – 10.4 %と得られた。この値は従来の月観測値[3]とも一致するため、AHIの多波長赤外観測から月面の岩石混合比の推定が可能であることが示唆された。
以上の結果のように、AHIのデータは月科学においても十分に利用可能である。本発表では、更なる惑星科学への応用も含めたAHIの惑星科学的有用性についても議論する。
[1] Paige D. A. et al. (2010) Space Sci. Rev., 150, 125-160.
[2] Bandfield J. L. et al. (2015) Icarus, 248, 357-372.
[3] Bandfield J. L. et al. (2011) J. Geophys. Res: Planets, 116, E00H02