日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG39] 陸域生態系の物質循環

2022年5月26日(木) 15:30 〜 17:00 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場)

コンビーナ:加藤 知道(北海道大学農学研究院)、コンビーナ:市井 和仁(千葉大学)、伊勢 武史(京都大学フィールド科学教育研究センター)、コンビーナ:寺本 宗正(鳥取大学乾燥地研究センター)、座長:伊勢 武史(京都大学フィールド科学教育研究センター)

16:45 〜 17:00

[ACG39-12] 持続可能な窒素利用の実現に求められる陸域生態系研究

★招待講演

*林 健太郎1,2 (1.農研機構 農業環境研究部門、2.総合地球環境学研究所)

キーワード:持続可能性、窒素、窒素汚染、窒素管理、窒素循環、窒素問題

肥大化した人間活動は地球システムに人間圏(Anthroposphere)を生み出し,その影響が強く速やかに地球システム全体に及ぶようになり,地球史は人新世(Anthropocene)へと進んだ.人間活動による地球規模の影響として,温室効果ガスの排出による地球温暖化に起因する気候変動や,過剰な土地改変と自然資源利用に伴う生物の大量絶滅などの重大な問題が生じている.気候変動は最重視されている問題の一つであり,その原因として化石燃料の消費に伴い排出される二酸化炭素の寄与が最も大きいことから,気候変動は「炭素問題」と近似されている.実態としては,炭素以外の物質も気候変動を含む地球規模の環境問題に深く関与している.窒素はその典型である.

大気中の窒素ガス(N2)から合成される反応性窒素(Nr,N2を除く窒素化合物)は,食料生産の肥料や工業生産の原料として人類に大きな便益を与えてきた.しかし,人間社会の窒素利用効率が総じて約20 %と低いために大量のNrが環境に排出され,地球温暖化,成層圏オゾン破壊,大気汚染,水質汚染,富栄養化,および酸性化などの多様な影響をもたらす窒素汚染を引き起こし,人の健康と生態系の健全性を脅かしている.このトレードオフを「窒素問題」と称する.近年,脱炭素化の一環としてアンモニアの燃料利用が着目されている.ただし,燃やしたアンモニアは大気汚染物質の窒素酸化物となる.すなわち,窒素問題は炭素を含む諸問題を包含する大きな問題であり,個別問題への対策が別の問題を悪化させる可能性を有する.我々は,各問題の専門知を束ねた上で,諸問題の全体を解決に導く集合知を編み出す必要がある.その上で,肥料や原料などとしての窒素の便益を保ちつつ,窒素汚染の脅威を緩和した窒素利用――持続可能な窒素利用――を実現することが求められる.窒素と環境との関わりの現状の知見については図説としてまとめた林ほか (2021) を参照されたい.

窒素問題の解決に向けた世界の取り組みとして,科学的知見を国際政策に結び付けることを目的とするプロジェクト,国際窒素管理システム(INMS; 2017年10月~2023年6月; https://www.inms.international/)が実施中である.INMSは,専門家グループである国際窒素イニシアティブ(INI)が立案し,地球環境ファシリティ(GEF)の支援を受け,国連環境計画(UNEP)とイギリス生態・水文学センター(CEH)が実施するプロジェクトである.演者はINMSにおいてシステム指標の開発や東アジア地域の評価の共同代表および2023年中ごろに刊行予定の国際窒素評価書の編者を担っている.UNEPが開催する第5回国連環境総会(UNEA-5.2; 2022年2月28日~3月2日)では,2030年までの廃棄窒素の半減および条約間窒素調整メカニズム(INCOM)の設置提案を盛り込んだ決議が採択される見込みである.

窒素問題と陸域生態系の関係は密接かつ多様である.例えば,Nrの発生源(特に農地),Nrの無害化(N2への変換),および窒素汚染の影響を被るもの(生物多様性や生態系機能)である.情報不足の観点から特に必要な陸域生態系研究は何であろうか.発表では3つの側面,①脱窒などのNrの浄化能,②陸域内,大気-陸域間,陸域-陸水間の窒素循環の未知,および③窒素の過不足に対する陸域生態系の多様性や機能の応答について考察する.加えて,いずれにも共通する課題として,点で得られるデータの面情報への拡張,観測~モデルの結合,面的観測を可能とするリモートセンシング技術の窒素循環研究への応用が挙げられる.

相対的に知見が乏しい窒素問題に取り組むには,専門的に深掘りする研究グループと,全体を横につなぐ研究グループが協力し合い,単独では成し得ない集合知を早急に構築する必要がある.既往プロジェクト群をつなぐ「汎プロジェクト」という枠組みがあってもよいだろう.演者は,学際・超学際の両面から持続可能な窒素利用の実現を目指す地球研実践プロジェクト「人・社会・自然をつないでめぐる窒素の持続可能な利用に向けて」を立ち上げている.参加者との議論および今後の連携の発展に大いに期待している.

引用:林・柴田・梅澤 (編著) (2021) 図説窒素と環境の科学-人と自然のつながりと持続可能な窒素利用-. 朝倉書店, 192p.