日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG42] 沿岸海洋⽣態系─1.⽔循環と陸海相互作⽤

2022年5月27日(金) 10:45 〜 12:15 104 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:杉本 亮(福井県立大学海洋生物資源学部)、コンビーナ:山田 誠(龍谷大学経済学部)、藤井 賢彦(北海道大学大学院地球環境科学研究院)、コンビーナ:小森田 智大(熊本県立大学環境共生学部)、座長:杉本 亮(福井県立大学海洋生物資源学部)、小森田 智大(熊本県立大学環境共生学部)、山田 誠(龍谷大学経済学部)

11:15 〜 11:30

[ACG42-08] 白川河口干潟におけるアサリ(Ruditapes philippinarum)高密度個体群の動態

*山下 奈々1、堤 裕昭1 (1.熊本県立大学)

アサリ(Ruditapes philippinarum)は日本全域に分布し盛んに採貝されてきた食用二枚貝類であるが, 1980年代以降アサリ漁獲量は全国的に激減し2020年には漁獲できない状況にまで落ち込んだ. このような現状から,各地でアサリ資源量回復に向けた様々な取り組みがなされている. なかでも底質改善や基質供給のために行う覆砂は, 覆砂域において高密度なアサリ個体群が形成されることが確認され広く実施されている.
 本研究では1970年代に熊本県における主要なアサリ漁の漁場の1つであった熊本市の白川河口干潟を調査地とする.この干潟においては,2021年5月の予備調査時に,沖側の覆砂された場所でアサリ稚貝が高密度に定着して生息している場所が発見された.しかし,この干潟ではアサリがほとんど漁獲できない状態にある.これは,環境条件の悪化,他の生物との競争や強い捕食圧などの何らかの原因によって,これらの干潟に定着した高密度のアサリの稚貝も漁獲サイズ(殻長約30 mm)に達するまでに,ほとんどの個体が死滅するためと考えられる.そこで本研究では, 白川河口干潟において環境条件の調査,底生生物の定量調査を実施し,アサリ個体群の季節変動からこの干潟でアサリが漁獲されない要因を解明することを目的とした.
 研究内容として,白川河口干潟において覆砂地点(St. 1)と対照区(St. 2)を設定した.St. 1では2021年5月〜2021年12月,St. 2では 2020年11月〜2021年12月の大潮干潮時に毎月1回環境条件の調査と底生生物の定量調査を行った.環境条件の調査では, 両地点に水質計を設置し,水温と塩分の連続観測を行った.また,定期調査時に底質表層のサンプルを採取し粒度組成を分析した. 底生生物の定量調査では, 両地点においてコドラートで採取したサンプルを1 mm目の篩でふるい,残渣物から底生生物を選り出して個体数と湿重量を測定した.また,アサリの殻長を測定した.
 調査結果から,St. 1におけるアサリの殻長頻度分布図を用いてコホート解析を行い,生存曲線と成長曲線を作成した.この結果,アサリのコホート1の生存曲線は5月〜6月, 7〜8月, 11月〜12月に大きく下降しており,この時期にアサリの死亡率が上昇したことが判明した.St.1では5月〜6月にエイ類による摂餌痕が多数観察され,エイの捕食によってアサリの密度が大きく減少したと考えられた.その後6月〜7月にかけて生存曲線はほぼ一定であったが7月〜8月にかけて再び大きく下降した.この時期には8月8日〜8月18日にかけて熊本県で日間降水量の合計が838 mm を記録する大雨が降り,St. 1では長期間10 psu以下の低塩分状態が続いた.これによりアサリの生残率が低下したと考えられた.その後9月から生存曲線が徐々に下降し始め,11月〜12月にかけて特に大きく下降した.2020年にはこの干潟において10月〜3月末まで多数のカモ類が干潟の表層を啄んでいる様子が確認されており, 同時期にアサリの稚貝が消滅していたことからアサリの死亡要因として作用した可能性が示唆されていた.本研究においても10月〜12月にかけてSt. 1を含む干潟の沖側において多数のカモの飛来が確認され,同時期に殻長20 mm程度のコホート1のアサリが減少していた.またSt.1では底生生物群集の85〜90%をアサリが占めており,カモ類が表層から捕食するものはアサリである可能性が非常に高い.これらのことから白川河口干潟ではエイ類・カモ類による捕食圧,大雨による水質の環境条件の悪化によって高密度なアサリの稚貝が漁獲サイズに至るまで残存しないことが示唆された.