11:45 〜 12:00
[ACG42-10] 水俣湾における底生生物を中心とする食物網構造と水銀汚染経路
キーワード:水銀、マクロベントス、安定同位体
水銀の人への曝露は主に汚染魚類の摂取によるものであり、魚類の水銀は、元は食物連鎖の起点となる基礎生産者の生物濃縮に由来し、食物連鎖を通じて濃縮されたものである。海洋の主要な基礎生産者は浮遊性植物プランクトンであり、表層だけでなく海底に棲む底魚類やそれらの餌となるゴカイや貝類などのベントスの生産も支えている。一方、水深の浅い沿岸海域では、底生微細珪藻類による生物生産への寄与も、程度は海域や生物により異なるものの、無視できない場合がある。魚類の多くはその寄与や水銀汚染の度合いが異なる様々な餌を利用しているため、海洋生態系における魚類の水銀汚染を理解するには各海域での食物網解析が必須となる。
水俣湾は八代海南方に位置する小さな湾で、過去に人為的な水銀汚染にさらされた歴史を持つ。そのため底泥の水銀濃度は現在でも近隣の海域に比して高いが、暫定基準を十分に下回っているほか、魚類の水銀濃度も暫定基準を下回る摂取可能なレベルにあり、1997年から漁業も再開されている。しかしながら、水俣湾の生態系に関する情報は極めて少なく、特に底魚類の餌料となりうるベントスの生息状況や食物網構造に関する情報は現在でもほぼ皆無である。
本研究では水俣湾における底生生態系の現状、および安定同位体を利用した食物網構造解析と水銀分析を行うことにより、現在の水俣湾における魚類への水銀移行経路についての推測を行った。ベントス採集にはスミス・マッキンタイヤ型採泥器を用い1mm目合いの篩でふるってマクロベントスを採集した。表層植物プランクトン試料は、海面下2mの海水をバンドン採水器で採水し、ガラスフィルターに濾過したものを、同位体分析の試料とした。魚類採集は刺し網で行った。底生微細藻類については潮間帯の転石に付着した微細藻類をブラシでこそげ取り、濾過海水で洗い流して収集し、これをガラスフィルター上に濾過し、同位体分析に供した。
潮下帯ベントスの出現密度は周年1m2あたりの平均で100個体程度の低密度であり、その大部分は環形動物(多毛類)であった。代表的なものはギボシイソメ科、ノラリウロコムシ科、チロリ科の多毛類であった。4シーズンでの炭素・窒素同位体比による解析では魚類・ベントスが表層植物プランクトンではなく、底生微細藻類に大きく依存した炭素同位体比を示し、水俣湾では周年底生微細藻類の寄与が大きい食物網構造であることがわかった。さらに魚類、およびベントスの炭素同位体比が高くなる、つまり底生微細藻類を起源とする餌への依存度が高くなるほど総水銀濃度も高くなる傾向がみられた。魚類の胃内容物についても解析したところ、エビ、カニ類などの底生性甲殻類の利用度が高い魚類では総水銀濃度が相対的に高い傾向がみられたが、同じ甲殻類でも浮遊性のカイアシ類やアミ類の利用度が高かったメバル類では総水銀濃度は相対的に低かった。また、エソ類やヒラメは生息場所が底層で、潜在的に濃度が高い底質の水銀に暴露されやすいにも関わらず、水銀濃度は相対的に低く、餌はカタクチイワシを多く利用していた。以上の結果から、魚類の水銀汚染は住んでいる場所よりも何を食べているかが重要で、底生藻類―ベントス(特に底生甲殻類)―魚類という食物連鎖が水俣湾食物網内で注視すべき水銀移行経路であることが示唆された。
水俣湾は八代海南方に位置する小さな湾で、過去に人為的な水銀汚染にさらされた歴史を持つ。そのため底泥の水銀濃度は現在でも近隣の海域に比して高いが、暫定基準を十分に下回っているほか、魚類の水銀濃度も暫定基準を下回る摂取可能なレベルにあり、1997年から漁業も再開されている。しかしながら、水俣湾の生態系に関する情報は極めて少なく、特に底魚類の餌料となりうるベントスの生息状況や食物網構造に関する情報は現在でもほぼ皆無である。
本研究では水俣湾における底生生態系の現状、および安定同位体を利用した食物網構造解析と水銀分析を行うことにより、現在の水俣湾における魚類への水銀移行経路についての推測を行った。ベントス採集にはスミス・マッキンタイヤ型採泥器を用い1mm目合いの篩でふるってマクロベントスを採集した。表層植物プランクトン試料は、海面下2mの海水をバンドン採水器で採水し、ガラスフィルターに濾過したものを、同位体分析の試料とした。魚類採集は刺し網で行った。底生微細藻類については潮間帯の転石に付着した微細藻類をブラシでこそげ取り、濾過海水で洗い流して収集し、これをガラスフィルター上に濾過し、同位体分析に供した。
潮下帯ベントスの出現密度は周年1m2あたりの平均で100個体程度の低密度であり、その大部分は環形動物(多毛類)であった。代表的なものはギボシイソメ科、ノラリウロコムシ科、チロリ科の多毛類であった。4シーズンでの炭素・窒素同位体比による解析では魚類・ベントスが表層植物プランクトンではなく、底生微細藻類に大きく依存した炭素同位体比を示し、水俣湾では周年底生微細藻類の寄与が大きい食物網構造であることがわかった。さらに魚類、およびベントスの炭素同位体比が高くなる、つまり底生微細藻類を起源とする餌への依存度が高くなるほど総水銀濃度も高くなる傾向がみられた。魚類の胃内容物についても解析したところ、エビ、カニ類などの底生性甲殻類の利用度が高い魚類では総水銀濃度が相対的に高い傾向がみられたが、同じ甲殻類でも浮遊性のカイアシ類やアミ類の利用度が高かったメバル類では総水銀濃度は相対的に低かった。また、エソ類やヒラメは生息場所が底層で、潜在的に濃度が高い底質の水銀に暴露されやすいにも関わらず、水銀濃度は相対的に低く、餌はカタクチイワシを多く利用していた。以上の結果から、魚類の水銀汚染は住んでいる場所よりも何を食べているかが重要で、底生藻類―ベントス(特に底生甲殻類)―魚類という食物連鎖が水俣湾食物網内で注視すべき水銀移行経路であることが示唆された。