日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG43] 北極域の科学

2022年5月27日(金) 13:45 〜 15:15 106 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:Ono Jun(JAMSTEC Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology)、コンビーナ:両角 友喜(北海道大学 大学院農学研究院)、島田 利元(宇宙航空研究開発機構)、コンビーナ:堀 正岳(東京大学大気海洋研究所)、座長:島田 利元(宇宙航空研究開発機構)、両角 友喜(北海道大学 大学院農学研究院)

14:15 〜 14:30

[ACG43-14] 北東シベリア森林-ツンドラ境界域における気候に対する植生応答の時空間変動

黒澤 陽平1、*小谷 亜由美1、田中 隆文1 (1.名古屋大学 生命農学研究科)

キーワード:森林‐ツンドラ境界域、正規化植生指標、北極域の緑化

1はじめに
地球温暖化の影響は高緯度地域でより大きいことが知られており、これが植生や永久凍土に影響している。こうした影響は大気に対してフィードバックされ、さらなる温暖化に寄与する可能性が指摘されている(飯島, 2019)ことから、高緯度地域の植生と気候の関係について理解することは重要であると言える。高緯度地域のなかでも東シベリア地域は広大な永久凍土上に成立した森林や森林-ツンドラ植生の境界域といった気候変動の影響を反映しやすい地域が属している。本研究は、東シベリアのなかでも特に研究例の少ない北東シベリア地域について植生と気候の応答関係について理解を深めることを目標とし、(1)地域の緑化傾向の最新動向、(2)植生の生長に関する気候的制限要因の変化、(3)複数年スケールの水分指標が植生指標に与える影響、の3点を明らかにすることを目的とする。

2.研究対象と手法
対象地域は、北緯60-75°、東経110-170°の北東シベリア地域とした。この地域は年降水量が200~600mm程度と少ないうえ、年平均気温が-15~0℃程度と極めて低温であり、植生にとって厳しい環境である。植生は南から落葉針葉樹林、低木林、草地が広がる森林-ツンドラの境界領域である。
植生指標として衛星観測によるNDVI(MOD13A2、空間解像度1km)を、気候データとして気候再解析データセット(ERA5-Land Hourly、空間解像度0.1°)の気温・降水量・可能蒸発散量を使用した。対象期間は2001-2020年とし、指標の年々変動を調べるため、NDVIは年最大値を取得して使用し、気候指標は以下に示す年単位の指標を算出した。気候指標は、主に夏季の気温を反映するThawing Index(TI)、冬季の気温を反映するFreezing Index(FI)、植生の水分利用可能性を反映するClimate Moisture Index(CMI)の3種類を用いた。TI、FIはそれぞれ0℃以上、0℃未満の日平均気温を1年間積算した値である。CMIは、1年間の降水量から可能蒸発散量を引いた値である。また、CMIを2年または3年分積算した値を複数年スケールの水分指標として用いた。
分析はトレンド分析、クラスター分析、相関分析の3種類を行った。いずれも衛星データを1年毎の値に合成し、年々変動を調べた。トレンド分析では、各指標の各ピクセルについて線形回帰を行い、回帰直線の傾きをトレンドとした。クラスター分析では、標準化したNDVI時系列を空間解像度を1°に再投影し、時系列K-means法を用いて4種のクラスターに分類した。相関分析では、NDVIと各気候指標の相関係数を全てのピクセルについて求めたほか、対象期間20年を前後10年ずつに分割することで相関の時間変化について調べた。

3.結果と考察
トレンド分析ではNDVIの正のトレンドが広い範囲で見られ、地域の緑化傾向が継続していることが確かめられた。また、低木林で特に顕著なトレンドがあることも分かった。一方で気候指標のトレンド分布はNDVIトレンドの分布と明確な対応は見られなかった。ただし、FIのトレンド分布はTIのそれよりもNDVIのトレンド分布と共通する範囲が広く、夏季よりも冬季の気温が植生に影響した可能性がある。
クラスター分析では、NDVI時系列が4種のクラスターに分類された。クラスターは一貫した増加傾向、後半の増加傾向、緩やかな増加傾向、明確なトレンドを持たないものに大別された。東部の低木林に一貫した増加傾向のクラスターが多く分布し、北部や南西部の一部で明確なトレンドの無いクラスターが分布したことは、NDVIのトレンド分布と共通していた。一方、NDVIトレンドがある領域内において別々の増加傾向を持つクラスターが分布することもあり、クラスター分析によってトレンド分析よりも詳細なNDVI変動傾向を捉えることができた。
相関分析では、それぞれの気候指標とNDVIの相関は、時間・空間の両面で不均一である結果が得られた。2001-2020年の前後10年ずつの相関係数の分布を比較すると、どの気候指標でも分布域の縮小や変化が見られたことなどから、植生の気候的制限要因は温度・水分のどちらか一方に変化しているとは言えなかった。ただし、TIよりもFIが広い範囲で正相関を示すことがわかり、冬季の気温の重要性が示唆された。
また、2年または3年分積算したCMIとNDVIの相関から複数年スケールの水分指標が植生に与える影響を調べた結果、東部地域で2年および3年積算CMIとNDVIの強い正相関が見られた。複数年スケールの気候指標が将来に影響することは気候記憶(Climate Memory)と呼ばれ、北東シベリアでは降水が凍土に貯水されることで2年後の蒸発散につながったとする例がある(Suzuki et al., 2021)。こうした例を考慮すると、今回の結果は1年または2年越しに水分環境が凍土表層への貯水を介して植生の生長に影響した可能性を示した。
References: 飯島2019. doi: 10.34467/jssoilphysics.143.0_5, Suziki et al 2021. doi: 10.3390/rs13214389