日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-HW 水文・陸水・地下水学・水環境

[A-HW26] 同位体水文学2022

2022年5月25日(水) 10:45 〜 12:15 105 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:安原 正也(立正大学地球環境科学部)、コンビーナ:大沢 信二(京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設(別府))、浅井 和由(株式会社 地球科学研究所)、コンビーナ:中村 高志(山梨大学大学院・国際流域環境研究センター)、座長:安原 正也(立正大学地球環境科学部)、浅井 和由(株式会社 地球科学研究所)、中村 高志(山梨大学大学院・国際流域環境研究センター)、森川 徳敏(産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門)

11:25 〜 11:45

[AHW26-03] 芦ノ湖の水収支と箱根火山の熱水系

★招待講演

*板寺 一洋1吉田 明夫2 (1.神奈川県温泉地学研究所、2.静岡大学防災総合センター)

キーワード:芦ノ湖、水収支、箱根火山

神奈川県の西部、箱根カルデラ内の南西に位置する芦ノ湖は、約3000年前に発生した神山の噴火に伴う山崩れにより当時の早川がせき止められて形成された。湖面の面積は約6.9km2、平均水深は約25mで貯水量はおよそ1億8000万トンに及ぶ。集水域は約27.4km2で、湖面の面積の4倍ほどである。
Itadera and Yoshida(2020)は、芦ノ湖の水収支における「入」を湖面および集水域への降水量とし、「出」を湖面からの蒸発量、斜面からの蒸発散量、江戸時代に造られた「深良水門」からの流出量、大雨時の「湖尻水門」からの放水量として、これに湖の貯水量変化を加算し、「入」と「出」のバランスを月別に検討した。その結果、毎月集水域から湖に流入しているのは概ね過去3カ月間の降水であり、しかも、そのわずか4分の1程度であることを明らかにした。そして、集水域の地下に浸透したと見られる降水の量は、平均して年間3,300万トンに及ぶと見積もった。この値は過去に芦ノ湖の水収支について検討した箱根水質調査団(1975)による見積もりの2倍以上、Matsuo et al.(1979)の推定値の12倍以上に相当する。
芦ノ湖の水収支に関する解析結果に基づいて、Itadera and Yoshida (2020) は、集水域のおよそ半分を占める中央火口丘西斜面への降水の大半は芦ノ湖に流入しないで地下に浸透しており、多量な天水が火山体内に貯留される間に山活動に由来する熱や成分を得て、箱根温泉の主要な源となっているというモデルを提出した。箱根火山の中央火口丘の表層部ではたくさんの亀裂が観察されているほか、内部にもたくさんの割れ目が存在すると想定されている(小林,2008; Honda et al., 2014など)。また、地震波速度構造解析から中央火口丘の直下数km付近には多量の流体を含む領域が存在すると推定されている(Yukutake et al., 2015)。
 大涌谷では、2015年の火山活動の活発化により小規模ながら水蒸気噴火も発生し、一連の活動により新たな火口や噴気孔が形成されて、それらからは今なお火山性の蒸気やガスの放出が続いている。これに加えて、大涌谷には以前から存在している湧水や表流水、温泉造成用の蒸気井なども分布している。そうした地点から採取される水は、塩化物イオン濃度および酸素・水素同位体比が天水に比べて著しく高い特徴を示すものがある一方、比較的天水に近い成分のものも存在する。こうした多様な水の形成には、①深部から供給されたマグマに由来する熱水の注入、②深部まで浸透した天水が再び地表付近に至るまでの間の蒸発濃縮、③高温の水から生じた蒸気と浅層地下水の混合の3つのプロセスが関わっていると考えられる。そして、そうしたプロセスにおいて、中央火口丘へ浸透した多量の雨水は、これら様々な熱水の源になっていると推定される。

引用文献
箱根水質調査団, 箱根カルデラ河川流出水の溶存成分に対する温泉の影響について, 神奈川温研報告, 6(2), 87-116, 1975.
Honda, R., Y. Yukutake, A. Yoshida, M. Harada, K. Miyaoka, and M. Satomura, Stress-induced spatiotemporal variations in anisotropic structures beneath Hakone volcano, Japan, detected by S-wave splitting: A tool for volcanic activity monitoring, J. Geophys. Res. Solid Earth, 119, 7043–7057, doi:10.1002/2014JB010978, 2014.
Itadera K, Yoshida A (2020) Water budget of Lake Ashinoko, the origin of Hakone thermal waters. Journal of Hydrology; Regional Studies, 28, doi: 10.1016/j.ejrh.2020.100682
Matsuo, S., M. Kusakabe, N. Niwano, T. Hirano, Y. Oki, Water budget in the Hakone caldera using hydrogen and oxygen isotope ratios, Isotopes in lake studies, 131-144. IAEA, Vienna, 1979.
Yukutake Y., R. Honda, M. Harada, R. Arai, M. Matsubara, A magma-hydrothermal system beneath Hakone Volcano, central Japan, revealed by highly resolved velocity structures. J. Geophys. Res. Solid Earth 120:3293–3308. https://doi.org/10.1002/2014JB011856, 2015.