16:10 〜 16:30
[BBG01-08] 遺伝子水平伝播を伴わずに、外来葉緑体を利用して光合成を行う軟体動物ウミウシ
★招待講演
キーワード:盗葉緑体、軟体動物、遺伝子水平伝播、光合成
ウミウシは、貝殻が退化的な巻貝の仲間であり、一部の種は、餌藻類の葉緑体を細胞内に取り込み光合成を行う事が知られている。本現象は、盗葉緑体現象(Kleptoplasty) と呼ばれる。通常、藻類では、光合成に必要な遺伝子の大半が藻類の核にコードされている。その中には失活しやすい酵素も多く、藻類から実験的に単離した葉緑体は数時間から数日で光合成活性を失う。一方、盗葉緑体現象では、取り込まれた葉緑体はウミウシの細胞中で数日〜10ヶ月ほど光合成活性を維持する。葉緑体以外の細胞小器官(藻類核など)はウミウシ細胞に取り込まれておらず、サンゴなどで見られる細胞内共生現象とは異なった現象である。他生物のオルガネラを長期間維持する分子機構は長年注目されており、従来は藻類からの遺伝子水平伝播が想定されていた。私を含むグループは近年、本現象を示すウミウシ2種のゲノムを解読し、この現象では、藻類からの遺伝子水平伝播を経ずに光合成能力を維持している事を明らかにした。このことは、遺伝子の水平伝播を伴わずとも、光合成のような複雑な生物機能が種を超えて伝播しうることを意味しており、種間相互作用や生物進化に新たな視点をもたらすと考えている。今回はこの結果を含めた、盗葉緑体現象研究の概要を紹介する。
盗葉緑体現象は1965年に本邦の研究者によって初めて報告され、その後、放射性同位体を用いて無機炭素や窒素の取り込み能力が検証され、クロロフィル蛍光を用いた光合成装置の活性維持も検証されてきた。ウミウシ種や取り込んだ藻類種によって光合成能力の維持期間は異なるが、長いものでは6−10ヶ月間光合成活性を維持し、光合成産物を栄養としている事が検証されている。
従来、有望な仮説であった遺伝子水平伝播説では、進化的な過程で、餌藻類の核にコードされている光合成関連遺伝子が、ウミウシの核に水平伝播しており、それらの遺伝子から新たにウミウシ体内で合成された光合成関連タンパク質が葉緑体に補充されるとしてきた。根拠として、大西洋産のElysia chloroticaを用いたPCRやブロッティング解析によって、餌藻類の光合成関連遺伝子と同一の配列が、成体や卵からDNAやRNAレベルで検出されることが示されてきた。2010年代にはE. chloroticaのゲノム解読によって水平伝播の証拠を見つけようとする試みがなされたが、DNA抽出が困難であり、断片的なゲノム情報しか構築出来ず、議論は判然としなかった。
そこで我々は、遺伝子水平伝播説を検証する目的で、インド太平洋の熱帯域に分布するチドリミドリガイPlakobranchus ocellatus のゲノム解読を試みた。本種は、最も長期間光合成能力を維持する種の一つであり、古くから盗葉緑体現象の研究が行われてきた。一方で、近年の分子系統学的解析によって、複数の種に分かれる事が示されている。私達は、種相当のグループとして分離されたP. ocellatus type Blackに着目し、本種の光合成活性を再調査するとともに、ゲノム解読を実施し、高精度なゲノム情報を得た。結果、一般的な遺伝子相同性検索からは遺伝子水平伝播の証拠は見つからなかった。しかし、「藻類遺伝子が伝搬していない」とする消極的事実の証明にはこれらの結果は不十分であった。
そこで、私達は追加的なデータの獲得と、解析法の工夫により、この問題の解決を試みた。まず餌藻類とその近縁種のde novo RNA-Seq解析から、水平伝播した可能性がある遺伝子の配列情報を明確にした。また、光合成関連遺伝子が明確に存在する藻類(クビレズタCaulerpa lentillifera)のゲノムを取得し、陽性対照として同様の解析を行うことで検証法の感度を担保した。TBLASTNによる遺伝子モデルに依存しない遺伝子探索や、MMseq2を用いたアセンブル前の生リードからの直接探索による解析を行った結果、いずれの解析でも藻類由来の遺伝子水平伝播を示す結果は得られなかった。一方、同様の解析をクビレズタゲノムに対して行った結果、探索対象とした600個ほどの光合成関連遺伝子の73−93%を検出したことから、今回用いた探索手法は十分な検出力を持っている事が示唆された。以上から、私達は、少なくとも、P. ocellatus type Blackでは藻類遺伝子の伝播無しで、光合成活性を数ヶ月間維持していると結論づけた。また比較ゲノム解析と組織間RNA-Seqから本現象に関わるウミウシ側遺伝子の候補を選抜した。
盗葉緑体現象は1965年に本邦の研究者によって初めて報告され、その後、放射性同位体を用いて無機炭素や窒素の取り込み能力が検証され、クロロフィル蛍光を用いた光合成装置の活性維持も検証されてきた。ウミウシ種や取り込んだ藻類種によって光合成能力の維持期間は異なるが、長いものでは6−10ヶ月間光合成活性を維持し、光合成産物を栄養としている事が検証されている。
従来、有望な仮説であった遺伝子水平伝播説では、進化的な過程で、餌藻類の核にコードされている光合成関連遺伝子が、ウミウシの核に水平伝播しており、それらの遺伝子から新たにウミウシ体内で合成された光合成関連タンパク質が葉緑体に補充されるとしてきた。根拠として、大西洋産のElysia chloroticaを用いたPCRやブロッティング解析によって、餌藻類の光合成関連遺伝子と同一の配列が、成体や卵からDNAやRNAレベルで検出されることが示されてきた。2010年代にはE. chloroticaのゲノム解読によって水平伝播の証拠を見つけようとする試みがなされたが、DNA抽出が困難であり、断片的なゲノム情報しか構築出来ず、議論は判然としなかった。
そこで我々は、遺伝子水平伝播説を検証する目的で、インド太平洋の熱帯域に分布するチドリミドリガイPlakobranchus ocellatus のゲノム解読を試みた。本種は、最も長期間光合成能力を維持する種の一つであり、古くから盗葉緑体現象の研究が行われてきた。一方で、近年の分子系統学的解析によって、複数の種に分かれる事が示されている。私達は、種相当のグループとして分離されたP. ocellatus type Blackに着目し、本種の光合成活性を再調査するとともに、ゲノム解読を実施し、高精度なゲノム情報を得た。結果、一般的な遺伝子相同性検索からは遺伝子水平伝播の証拠は見つからなかった。しかし、「藻類遺伝子が伝搬していない」とする消極的事実の証明にはこれらの結果は不十分であった。
そこで、私達は追加的なデータの獲得と、解析法の工夫により、この問題の解決を試みた。まず餌藻類とその近縁種のde novo RNA-Seq解析から、水平伝播した可能性がある遺伝子の配列情報を明確にした。また、光合成関連遺伝子が明確に存在する藻類(クビレズタCaulerpa lentillifera)のゲノムを取得し、陽性対照として同様の解析を行うことで検証法の感度を担保した。TBLASTNによる遺伝子モデルに依存しない遺伝子探索や、MMseq2を用いたアセンブル前の生リードからの直接探索による解析を行った結果、いずれの解析でも藻類由来の遺伝子水平伝播を示す結果は得られなかった。一方、同様の解析をクビレズタゲノムに対して行った結果、探索対象とした600個ほどの光合成関連遺伝子の73−93%を検出したことから、今回用いた探索手法は十分な検出力を持っている事が示唆された。以上から、私達は、少なくとも、P. ocellatus type Blackでは藻類遺伝子の伝播無しで、光合成活性を数ヶ月間維持していると結論づけた。また比較ゲノム解析と組織間RNA-Seqから本現象に関わるウミウシ側遺伝子の候補を選抜した。