15:45 〜 16:00
[G01-02] 地震発生時における教職員の安全対応能力向上を目的とした訓練教材の開発
ー図上シミュレーション訓練を用いた実践と分析ー
キーワード:地震、図上シミュレーション訓練、教員研修
1.研究の背景
2011年の東日本大震災は,学校管理下で発生した未曾有の大災害であった.宮城県石巻市に位置する大川小学校では,児童74名,教職員10名が津波により命を落としている.関係者のほとんどが亡くなっているため,隣接する裏山への避難を決断できなかった理由等は,第三者検証委員会においても明らかになっていない.震災後,遺族らによって宮城県と石巻市が訴追され,2018年の判決では,事前防災の不備により宮城県と石巻市に約14億円の損害賠償が求められるに至っている. 大川小学校の事例やその後の裁判をめぐって,学校現場における発災時の危機管理体制が大きく問われることとなった.
2.問題意識
文部科学省(2021)は,防災教育や避難訓練を充実させることに加えて,教職員の安全対応能力を向上する取り組みを実施する重要性を指摘している.このうち,前者については先行研究や具体的な取り組み事例が複数存在する.後者については,アレルギーや熱中症への対応に焦点を当てた事例は多く確認できるものの,防災の分野については先行研究や取り組みが非常に限られている.そこで筆者は,医療従事者を対象として実施される災害訓練や,総務省消防庁が推奨する図上型演習の知見を参考に,教職員を対象とした地震の訓練教材(以下,「図上シミュレーション訓練」と表記する)を新たに開発し,教員研修にて実施することとした.訓練の目的は,1.訓練参加者が発災時に学校で起こりうる出来事を疑似体験すること,2.周囲の教職員と協力しながら,出来事や状況に対する判断・対応を机上で行ってもらうことである.訓練中は,児童生徒の言動や怪我,校舎の状況等が記載されたカードを教職員に付与し,対応を検討してもらう.
3.学校現場での実践と分析
埼玉県川越市および東京都中央区の公立小・中学校4校にて,図上シミュレーション訓練を実施した.訓練中の教職員の発話や言動をすべて文字に書き起こし(666,838文字/2,550分),分析を行った.その結果,子供がパニックに陥らないように子供の側から極力離れないようにする等,教職員が目の前の子供を第一に考えて行動していたことが明らかになった.一方で,それ以外の側面では多くの混乱事象が発生していた.具体的には,保護者・避難者の対応が追いつかない/保健室が怪我人で溢れる/教職員間の情報共有が機能しない等である.これらの混乱事象を解消する方法について,学校と協議を行なった.保護者や地域住民に発災時の学校の状況を周知した他,専門見地をもとに保健室への搬送指標を作成し,発災時の情報収集・共有の具体的な方法を定めた.
4.各学校の自発的な取り組み
情報収集の仕方や保健室への搬送指標等,発災時に必要なアクションやルールを整理した簡易版マニュアルを作成し,図上シミュレーション訓練を実施した学校に配布した.その結果,4校全てが簡易版マニュアルを活用した何らかの研修を自発的に実施し,子供の安否情報を迅速に収集できるか,保健室への搬送を行えるか等を確認することとなった.さらに,研修で得られた知見をもとに,新たな災害リスクを発見し,それを解決する方法を模索するに至った.具体的には,情報を収集する際に,普通教室から距離があり,助けを求める声が届きにくい体育館から確認する等である.各学校は,研修を通じて新たに判明した課題を踏まえ,簡易版マニュアルの加筆・修正を行なった他,保護者や地域住民への講演会,引き渡し訓練や避難訓練の改善等,防災に関する新たな取り組みの実施に至った.つまり,図上シミュレーション訓練や簡易版マニュアルを契機に,課題の発見と新たな実践のサイクルが生じたのである.自校の災害リスクを把握した上で,発災時に必要なアクションやルールを検討し,保護者や地域住民等のステークホルダーとともに議論し続けることは,学校が学校管理下の大地震に対応できるようになるために重要な要素であると考えられる.
5.今後の展望
今後は,防災教育のモデル校のみならず,全国の学校への波及を目指す.図上シミュレーション訓練の要素を抽出した簡易版の訓練についても,通常の図上シミュレーション訓練と同様の効果が得られつつあることが分かっている.防災の取り組み状況や目的に応じて,各学校が必要な防災訓練や研修を選択できるような環境を整えることが重要である.
謝辞
本研究を実施するにあたって,4校の公立学校にご協力いただいた.また,保健室への搬送基準を定める上で,日本体育大学の鈴木健介准教授および現役看護師の方から助言をいただいた.関係者各位に感謝の意を表する.
参考文献
・文部科学省(2021),『文部科学省における 防災教育の現状について』.
2011年の東日本大震災は,学校管理下で発生した未曾有の大災害であった.宮城県石巻市に位置する大川小学校では,児童74名,教職員10名が津波により命を落としている.関係者のほとんどが亡くなっているため,隣接する裏山への避難を決断できなかった理由等は,第三者検証委員会においても明らかになっていない.震災後,遺族らによって宮城県と石巻市が訴追され,2018年の判決では,事前防災の不備により宮城県と石巻市に約14億円の損害賠償が求められるに至っている. 大川小学校の事例やその後の裁判をめぐって,学校現場における発災時の危機管理体制が大きく問われることとなった.
2.問題意識
文部科学省(2021)は,防災教育や避難訓練を充実させることに加えて,教職員の安全対応能力を向上する取り組みを実施する重要性を指摘している.このうち,前者については先行研究や具体的な取り組み事例が複数存在する.後者については,アレルギーや熱中症への対応に焦点を当てた事例は多く確認できるものの,防災の分野については先行研究や取り組みが非常に限られている.そこで筆者は,医療従事者を対象として実施される災害訓練や,総務省消防庁が推奨する図上型演習の知見を参考に,教職員を対象とした地震の訓練教材(以下,「図上シミュレーション訓練」と表記する)を新たに開発し,教員研修にて実施することとした.訓練の目的は,1.訓練参加者が発災時に学校で起こりうる出来事を疑似体験すること,2.周囲の教職員と協力しながら,出来事や状況に対する判断・対応を机上で行ってもらうことである.訓練中は,児童生徒の言動や怪我,校舎の状況等が記載されたカードを教職員に付与し,対応を検討してもらう.
3.学校現場での実践と分析
埼玉県川越市および東京都中央区の公立小・中学校4校にて,図上シミュレーション訓練を実施した.訓練中の教職員の発話や言動をすべて文字に書き起こし(666,838文字/2,550分),分析を行った.その結果,子供がパニックに陥らないように子供の側から極力離れないようにする等,教職員が目の前の子供を第一に考えて行動していたことが明らかになった.一方で,それ以外の側面では多くの混乱事象が発生していた.具体的には,保護者・避難者の対応が追いつかない/保健室が怪我人で溢れる/教職員間の情報共有が機能しない等である.これらの混乱事象を解消する方法について,学校と協議を行なった.保護者や地域住民に発災時の学校の状況を周知した他,専門見地をもとに保健室への搬送指標を作成し,発災時の情報収集・共有の具体的な方法を定めた.
4.各学校の自発的な取り組み
情報収集の仕方や保健室への搬送指標等,発災時に必要なアクションやルールを整理した簡易版マニュアルを作成し,図上シミュレーション訓練を実施した学校に配布した.その結果,4校全てが簡易版マニュアルを活用した何らかの研修を自発的に実施し,子供の安否情報を迅速に収集できるか,保健室への搬送を行えるか等を確認することとなった.さらに,研修で得られた知見をもとに,新たな災害リスクを発見し,それを解決する方法を模索するに至った.具体的には,情報を収集する際に,普通教室から距離があり,助けを求める声が届きにくい体育館から確認する等である.各学校は,研修を通じて新たに判明した課題を踏まえ,簡易版マニュアルの加筆・修正を行なった他,保護者や地域住民への講演会,引き渡し訓練や避難訓練の改善等,防災に関する新たな取り組みの実施に至った.つまり,図上シミュレーション訓練や簡易版マニュアルを契機に,課題の発見と新たな実践のサイクルが生じたのである.自校の災害リスクを把握した上で,発災時に必要なアクションやルールを検討し,保護者や地域住民等のステークホルダーとともに議論し続けることは,学校が学校管理下の大地震に対応できるようになるために重要な要素であると考えられる.
5.今後の展望
今後は,防災教育のモデル校のみならず,全国の学校への波及を目指す.図上シミュレーション訓練の要素を抽出した簡易版の訓練についても,通常の図上シミュレーション訓練と同様の効果が得られつつあることが分かっている.防災の取り組み状況や目的に応じて,各学校が必要な防災訓練や研修を選択できるような環境を整えることが重要である.
謝辞
本研究を実施するにあたって,4校の公立学校にご協力いただいた.また,保健室への搬送基準を定める上で,日本体育大学の鈴木健介准教授および現役看護師の方から助言をいただいた.関係者各位に感謝の意を表する.
参考文献
・文部科学省(2021),『文部科学省における 防災教育の現状について』.