日本地球惑星科学連合2022年大会

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[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG28] 農業残渣焼却のもたらす大気汚染と健康影響および解決への道筋

2022年5月31日(火) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (16) (Ch.16)

コンビーナ:林田 佐智子(総合地球環境学研究所)、コンビーナ:竹内 渉(東京大学生産技術研究所)、Patra Prabir(Research Institute for Global Change, JAMSTEC)、コンビーナ:山地 一代(神戸大学)、座長:Patra Prabir(Research Institute for Global Change, JAMSTEC)、Mizuo Kajino(Meteorological Research Institute)

11:00 〜 13:00

[HCG28-P01] 消火剤および炭酸ナトリウム塩を触媒とした泥炭熱分解の発生ガス分析

*藤田 道也1、汪 子璇1、戸野倉 賢一1 (1.東京大学大学院新領域創成科学研究科)

キーワード:泥炭火災、煙害、バイオマス熱分解、アルカリ金属触媒、直接導入型化学イオン化質量分析

1. はじめに
 泥炭とは未分解有機物の堆積により土壌に形成された炭の一種で、約20万 km2の泥炭地を有するインドネシアでは農地開発を目的とした違法な野焼き等により、泥炭地の大規模な火災が頻発し国際的な煙害をもたらしている。泥炭火災は地表面から地中深くまで燃焼・熱分解が進行することで火災による粒子状物質や温室効果ガス等の排出を長期化・広域化させる。これに対し、炭酸ナトリウム塩やケイ酸ナトリウム塩で構成される消火剤を水に混ぜて使用することで地中への浸透促進、冷却用により消火作用を向上させることができる。
 以上の背景から、我々の研究グループでは泥炭熱分解における消火剤の影響を化学の視点から解析を行っている。これまで、泥炭に対し50 wt%程度の消火剤を添加することで無酸素状態の熱分解における揮発性有機化合物(VOC)の発生量が増大するという結果を得ている。原因として、消火剤の主成分であるナトリウム炭酸塩が、泥炭を構成するセルロースやリグニンといったバイオマス成分の熱分解において触媒として作用しVOC生成を促進させたことが推測される。バイオマス熱分解に関する研究分野では、ナトリウムなどのアルカリ金属がバイオマス熱分解の触媒作用を有することがよく知られており、研究例も複数存在する。しかしながら、バイオオイルなどの有価物回収に関与しないVOCの生成・消費に関する化学反応は明らかでない。このようなバイオマス熱分解における触媒作用により、ナトリウム炭酸塩を主成分とする消火剤は泥炭火災時の使用量をはじめとする条件によっては泥炭火災で排出され大気汚染の原因となるVOC量を増大させる懸念がある。消火剤利用を含めた泥炭火災における大気環境リスク評価には泥炭燃焼・熱分解における生成ガスに及ぼす消火剤成分の影響に関する詳細理解が求められる。
 本研究は消火剤及びその主成分であるNa2CO3が泥炭熱分解時のVOC発生量に与える影響の把握を目的とする。泥炭に消火剤およびナトリウム炭酸塩を添加し、直接導入型化学イオン化質量分析計(DI-CIMS)を用いて熱分解生成ガスを分析した。

2. 実験条件
 泥炭試料として、インドネシア・カリマンタン島で採取した泥炭土壌を粉砕、乾燥させたものを用いた。泥炭試料1 mgに対し消火剤およびNa2CO3をそれぞれ10~100 wt%添加し分析した。化学イオン化法の試薬ガスはメタンを用い、イオン源温度を200 ℃とした。各試料をイオン化室に直接導入した後、150 ℃に加熱し30分間等温保持することで試料中の水分を除去した。その後、昇温速度80 ℃/minで500 ℃まで加熱した。測定中はイオン化室が真空排気され、泥炭火災の地中のような無酸素状態が形成されている。

3. 結果および考察
 Fig. 1にDI-CIMSを用いた発生ガス分析における10~100 wt%の消火剤を添加した泥炭試料と、泥炭試料単独とのイオン電流比を示す。またFig. 1には(a) 総イオンおよび、(b) m/z 69(イソプレン), 85(2-フラノン), 95(フェノール), 97(フルフラール), 163(レボグルコサン)といった選択イオンにおけるイオン電流比も示している。Fig. 2は上記Fig. 1と同様に、10~100 wt%のNa2CO3を添加した泥炭試料におけるイオン電流比を示したものである。ここでイオン電流比は、泥炭試料単独のDI-CIMS結果におけるイオン電流値を1としたときの各添加試料におけるイオン電流値の比であり、この比が1を越えれば発生量が増大したことを示す。消火剤添加時(Fig. 1(B))はいずれの化学種も発生量が増大した。Na2CO3添加時(Fig.2(b))は添加率10%のみで促進作用を示し、Na2CO3を20%以上添加した場合、レボグルコサン等の発生量が減少した。
 既往研究[1]に基づくと、泥炭に含まれるセルロースやリグニンといったバイオマスの熱分解は、初期にCOなどのガスを生成し、180 ℃以上の高温では残存した固体(チャー)がさらに分解することで、タールと呼ばれるレボグルコサンなどの煤塵成分やフェノールなどのVOCが生成される。一方でバイオマスとCO2あるいはH2Oが共存する場合は、チャー熱分解だけでなくタールの更なる熱分解が促進され、より低分子量の有機物とガス成分が生成する。以上より、消火剤主成分のNa2CO3に含まれるNaのチャー熱分解促進作用が大きい場合はレボグルコサン等のタール発生量が増え、熱分解の過程でNa2CO3と泥炭からそれぞれ生成するCO2、H2Oのタール熱分解促進作用が大きい場合はタール発生量が減少すると考えられる。実験結果を踏まえると、消火剤添加時は添加率10~100%の範囲では、Naによるチャー熱分解促進作用がより大きいためタール発生量が増大したと考えられる。一方で、Na2CO3添加時は添加率10%ではNaによるチャー熱分解促進作用がより大きいが、添加率20%以上では、CO2のタール熱分解促進作用がより大きく、タール発生量が減少したと推測される。

4. まとめ
 本研究は、泥炭火災に対する消火活動において炭酸ナトリウム塩を消火剤として使用する場合に、VOC排出量の増大につながる可能性を示した。また、消火剤組成や使用水量等により、VOC排出量を減少させる可能性があることも分かった。今後は消火剤由来で生成され泥炭熱分解に触媒作用を有するNa, CO2, H2OがVOC排出量に及ぼす影響を個別に定量把握することが求められる。

参考文献: [1] J. Yu et al. Fuel Processing Technology, 214, 106723 (2021).